《銀×土》

□夏の幕開け。
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〇夏の幕開け〇



「あっち〜・・・」

「てめぇがそうなら、てめぇを見てるこっちはもっと暑いわ。いっそ丸刈りにしろクソ天パ」

大体、お前がどうしてもって言うから、と。
土方は着流しの胸元を摘むとパタパタさせ、僅か開いた唇の隙間から赤い舌先を出す。
それって犬みたい。
お前、猫みたいな奴だと思ったら、そんな一面も隠し持ってたの?

「おい?聞いて、」

「とりあえず半開きは止してくんない?なんかムラムラして来ちゃったから。俺の予定だと最低でも後半日ぐらいは我慢する感じなんだわ。長く見積もってな?」

「・・・何が、とは聞かねぇでおくわ。とにかく先に荷物だ。持ち歩いてたんじゃ邪魔でしょうがねぇ」

そう言って予約してある旅館へ向かう土方を追いながら、夢じゃないんだよな、とか確認するように何度か瞬きする。
夏が終わるまでに、せめて祭りの一つぐらい行けたらいいなと思っていたから、まさかこんなにも早く、しかも旅行に来れるなんて思ってもなくて。
付いて来ているか心配そうに振り返った土方に緩みきった顔を見られ、でも、そんな事も気にならない。
逆に土方の方が顔を真っ赤にして、置いていくぞって急ぎ足。
何処にそんな体力残ってたの?
待って、俺、旅館の場所も知らない。

「ちょ、土方っ・・・マジで待って・・・」

スグ横へ目を遣れば青い海。
長い道のりを、この海を目指して。
荷物なんてその辺に放り投げてしまいたい。

「もう銀さんヘトヘト、」

あ、俺も犬みたいになってる。

「定春!飛ばすアル!」

定春、ね。
何処かで聞いた名前・・・アル?

あらゆる動作が暑さと疲労で鈍くなってて、確かめるべく振り返った時には巨大な肉球が顔面いっぱいにあったのだ。
其処からの記憶がない・・・ーー。



(・・・・・・ん)

指先が触れる畳の感触に一度は万事屋の寝床を思い浮かべたのだが、うちの毛羽立った畳より随分指触りの良いソレに、漸く俺は家族だと思っていた奴に蹴り飛ばされるまでの事を思い出した。

(ったく・・・こんな事だろうと思ったんだ)

うちのヤンチャ娘が「気を付けて行けヨ。水分補給は大事ネ、マヨは持ったアルか?」なんて、珍しく人を気遣って見せ大人しく送り出してくれたかと思ったら・・・。

(可笑しいだろ、なんで水分とマヨがイコール?なんで俺?大体、土方だってこの暑いのにンなモン水代わりに摂取したらどうかなるわ!)

「ねぇねぇ?海、行かないアルか?」

ぼんやりとした頭がやっとまともに働き始めた所で背中越しに神楽の声がしピクリと振れた肩。

「銀さん起きそうにないしね・・・」

新八、お前もか。

「そうだな・・・お前らだけで行かせんのもちょっと心配だが、平気か?」

「土方さんは行かないんですか?」

「そうアル!このマダオっ、我が儘言った癖に旅館の予約も準備もみーんなトシちゃんに任せて何もしてないネ。トシちゃん楽しまなきゃ損ヨ!」

(グサーッ!俺も気にしてた故に何も言えねェェェ!)

言い訳させて貰えるなら、どうやったって土方の非番を本人より早く知る術がない。
決めているのが土方だ。
と、なると・・・俺より俺を理解している男は「てめぇに任せてたんじゃ行ったはイイものの泊まる宿が無ェとかなりそう」って、都合が付き次第、旅館の予約や汽車の切符は自分が手配するから俺は自分の準備だけしとけばいいとか言われちゃって・・・。
マジ?助かるわ!
そんな事、微塵も思ったり・・・したかも。
そりゃ俺も何処の旅館が良さげだとか調べたりはしてた、一応。
でも、いざ宿泊プランやら予約方法やら調べると、似たようなプランがわんさかあるわ、読むのも途中でギブアップってめんどくさそうな手続きのオンパレードで。
まぁ、ホント言い訳にもならないから、これ以上はやめておく。

(つーか置いてったりしないとかさぁ〜もう土方どんだけだよ〜!俺が寝てる時はそんなんなの!?もしかして俺が居ない時はデレまくり!?もう銀さん一生寝れないんだけど!!)

・・・寝れない?
そうだよ。
そもそも今夜は寝ないつもりで、あんな事こんな事・・・駄目じゃん、こいつら居たんじゃ駄目じゃん。

「なぁに言ってんだ」

背中を向けててもどんな顔してるか分かった。
凄く気分がイイのだろう、優しい声色、甘えさせてくれる時と同じ。

「こいつがだらしねぇマダオのおかげでこうしてお前らも連れてきちまう事に成功したんだ。もう十分だよ」

まだ何もしてないけど、俺は楽しんでるから。

「な?だから、お前らも気ィ遣ってねぇで遊んで来い。ガキが我慢なんざ身体に良くねぇぜ?」

「・・・我慢なんてしてないヨ。それに、まだ明日もあるネ!」

「そうですよっ!あ、銀さんが起きたら旅館の近くでも見て回りませんか?お土産屋さんとか色々ありましたよね!」

「・・・そうだな」

西日かな。
着いた頃はまだ陽が高かったのだけど、もう夕刻が近いのだろうか。
ポカポカと背中が温かい。
後で言ってやろう。
二人っきりは嫌だったの?なんて、土方を困らせてやろう。
きっと土方は呆れた顔で、俺の事も甘やかすんだろうから。
そうしたら・・・ーー。



夏は始まったばかりなのに、こんなに幸せでいいの?
時間の許す限り、まだまだ色んな事がしたいし、色んな所に行きたいよ。
失敗したりグダグダになっちゃっても俺達には関係ないね?綺麗な海さえオマケみたいなもので。

「そんじゃあ、まぁ・・・仕方ねぇから起こしてやっか。このまま放って置くと起きるに起きれねぇみたいだし?」

「銀ちゃん!いつまで拗ねてるアルか!トシちゃんと二人きりじゃないからって女々しいヨ!いい加減起きるヨロシ!」

「そうですよ?あんまり駄々こねてると土方さん連れて行っちゃいますからね?」

残念でした。
土方が俺を置いて行く筈・・・って言うか、なんか恥ずかしい。
気付いてたなら早く言ってよ。

「起きねぇみてぇだな。行くか」

「えっ!?」

思わず飛び起きるよう身体を起こすと新八と神楽にガッチリ両腕を取られ、流れのままにヨイショと立たされた。
後ろ向きに引き摺られながら部屋を出る俺と、新八、神楽に続いて、土方が俺の頬を摘まむ。
畳の跡ついてんぞ、って面白がって笑うんだ。

不意に目頭が熱くなって、可笑しかった。



〇ここから〇
  まだ始まったばかりの幸福
  俺達の未来は実に輝かしく
  照りつける夏の太陽と重なる



nora 2015/8/1
 

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