《銀×土》
□キミの言うとおり。
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嫌味なストレートの黒髪が視界に入っても今日は気分が良い。
元の姿に戻って一週間足らず、未だこの男に完全勝利した日の記憶は新しい。
〇キミの言うとおり〇
「あっれぇー?もしかしてー?」
「・・・?ンだよ・・・」
女になった土方の姿はインパクトが強過ぎて、今ある姿が本来のモノであると言うのに誰だか分からなかったと揶揄すれば土方はキッと奥歯を噛んだ。
チョット勿体ないが元に戻れて良かったよなって、そこそこイイ女になった俺が余裕の面持ちで言えば、だったらずっと女のままで居れば良かったんだって吐き捨てて土方は前へ向き直る。
しかし、日頃の鬱憤を晴らす絶好のネタを手に、まだまだ満足する訳もなくて。
「何おめぇ、もしかして銀子さんに惚れちまった?まぁ此処いらじゃ見ねぇぐれぇイイ女だったもんなー。いやーホントごめんねぇー?」
「何がごめんねー?だっ!てめぇこそ済んだ事イチイチ掘り返しやがって、さてはX子さんに堕ちちまったんだろう?そりゃあ気の毒な事しちまったなァ!」
あの姿で全く自らの負けを認めない土方も凄いが、そんなのは明らかに強がりでしかない。
誰が見たって比べるまでもなく俺の方がイイ女であった。
正直、沖田はともかく、あのゴリラまでもが原型を留めない程の美人になって現れた時は、そりゃあ土方も周りの要らない期待に応える形で出て来るんだろうって、アレを目の当たりにした時は笑ってしまうよりもあまりの衝撃に開いた口が塞がらなかった。
一言発すれば一発で「あぁ、土方に間違いねーわ」と、納得出来てしまうのが余計に面白くて、俺もつい騒動の真っ只中と言うのを忘れ構い倒してしまった気がする。
おかげで男より男らしい女どもにはコケにされちまうわ、せっかく女の身体になったってのに大して楽しむ間もなくこの通り。
ずっと女のままなのは勘弁だが、もっと色んな事を・・・。
「ついてくんじゃねーよ、仕事の邪魔だ」
(なんか・・・)
アッサリしてるな、と。
土方にしてみれば良い思い出の1つ無いだろうから避けたい話題であるのは分かる。
ただ、あの日、負けを認めまいと誰よりギャンギャン騒いでいたのを思い出すと、単純な土方の事、もう少し本気になって言い返してくるんじゃないかって。
「土方さーん、腹が減りやしたー」
完全にサボってたよ、この子。
いつもの事だけど懲りないねー。
当然ここで土方の怒鳴り声が響くんだろうと構えたら、土方は至って落ち着いたトーンで「ハイハイ」と、まるで「何が食べたい?」なんて気遣う言葉が聞こえてきそうな勢いだ。
「で、何が食いてぇんだ」
「はっ!?」
二人揃って、なんだ?って顔で俺を見るが、俺は可笑しくない筈。
「なに・・・なんか凄ぇ弱味でも握られちゃったの・・・?」
「・・・ああ、なるほど。大当たりですぜ、旦那」
「フンッ・・・くだらねぇ」
土方は早くこの話を切り上げたいのだろう、急かすよう沖田を見遣るが沖田は気付いていて知らん振りだ。
「旦那になら特別に安くしときやすぜ?」
「総悟ッ!」
胸元から半分ほどチラつかせた其れは写真に見える。
俺も大概察しは良い方だからおおよその予想は付いた。
「揺すりのネタにするも良し、呪詛に使うも良し。あんまりオススメ出来やせんけどズリ、」
「何言ってんだッ!つーか呪詛って何だよ・・・今朝は朝から調子悪ィと思ったら、やっぱりてめぇの所為か!」
沖田君がそんな可愛い呪いをかける訳ないだろうと内心溜息を零しつつ、沖田の方、正確にはその写真に目を向けると、沖田は其れを仕舞い直しニコリ笑みを浮かべた。
「いくらで買いやす?まあまあ目に毒なんで覚悟の上で頼みまさァ。返品やら苦情も受け付けねェんで」
見慣れてしまえば大した事もないけれど、土方本人は客観的に自分の姿を見ていない分こうして形に残ったものを見るのは苦痛で仕方ないに違いない。
どれどれと、俺は土方に同情しつつもソレ以上に面白がりながら軽い気持ちで沖田に写真を見せるよう手を出した。
しかし、沖田は意外そうに目を丸くし、俺が予想もしていなかった事を平然と口にしたのだ。
「旦那ァ、豚のヌードに興味がお有りで?」
そもそもヌードじゃない豚を知らないが、冷静に豚と土方を置き換えてみて、え、と知らず後退する指先。
チラリ、土方を見遣れば土方は明後日の方を向きながら盛大に唇を突き出しているからあながち冗談でもないようで・・・。
「え・・・おめぇ、よくそんな落ち着いてられるね・・・」
「・・・別に」
別に落ち着いてる訳じゃないのか。
別に構わないと言う意味なのか。
何を言っているのか俺には分からなくて。
「どうしたんでさァ。買う気があるんなら見せてもいいですけど見るだけでも有料ですぜ?何気に撮るのには苦労したんでねィ」
「いやいや、そういう事じゃなくて・・・」
「なァに、たかがX子さんですぜ?元はこの通り男なんですから。ねェ?土方さんも何て事ねェでしょ?」
土方はウンザリといった様子で、もう俺達のやり取りに付き合うのも嫌になったのだろう、沖田の問いに明確な答えを返す事もなく煙草を揉み消しさっさとその場を立ち去ってしまった。
「ありゃりゃ。待てよ土方コノヤロー。じゃあ旦那、昼飯が逃げちまうんで買う気になりやしたらいつでも言ってくだせェ」
ポツンと自分一人置き去りにされ、沖田の言う通り、ただの土方、ただの豚、と・・・俺も空いてる筈の腹を満たしに近くの甘味処に立ち寄ってはみたものの何だか胃の辺りがスッキリしなくて、二日酔いでもないのにムカムカと食が進まない。
遂には店の主人が勘違いでもしたようで、今日はツケにしといてやるからと気まで遣われ、素直に甘えてしまえば良いのに何故か俺も俺で金が無い訳じゃないと小銭をテーブルに残し店を後にした。
まぁ、これが普通なのだが・・・。
(土方の事だから散々暴れたんだろうけど・・・)
相手が沖田ではどうにもならないと諦めたか、隙を見て奪い取るチャンスを探っているか。
後者だとは思うんだけど。
土方は刀さえ振るえるなら見目には然程興味もなさそうだったし、事実ないのだと思う。
流石にアレでは刀振り回すにも支障をきたすだろうが、そういう意図で身体を絞るとはしても、美人とかイイ女になろうなんて一切考えないに違いない。
つまらないと言えばつまらない男だが、実に土方らしいと言える。
男でも女でも頭の中には真選組しかないのだ。
余計な欲を持たない。
(って、大事にしてるモンに弱味握られてアレじゃ世話ねーわ)
名前も知らない、下っ端の制服を着た隊士達が歩いて来る。
談笑しながら。
その手に『何か』持ちながら。
「っ!?な、なにっ!?」
ほぼ衝動的に奪い取ってしまったものだから言い訳に困る。
まったく俺は何をしてるんだ。
「はーい。いくら日頃ストレスが溜まってっからって警察がこんなモン持ち歩いてちゃいけねーよ。没収ー」
「なっ・・・」
「せっかく隊長が俺達の分まで用意してくれたのに!」
ホント真選組の奴らはどいつもこいつも喧しくて、しつこくて。
揃いも揃って写真に夢中とか、お前ら絶対見廻りなんてしてないだろうと、気付けば俺は息を切らし、かぶき町中を見て廻っていた。
かぶき町中に居る、真選組の奴らを探して廻ってた。
集まった写真は既に片手には零れ落ちてしまいそうで、角を合わせしっかりと持ち直す。
ふと表が気になり裏返しそうになるが見たらいけないような気がして出来なかった。
今頃になって隊士達の顔が自棄にニヤついていたんじゃないかとか思えてきて、確かでもないのに自然と舌打ちする自分に一番驚いたりするのだ。
「おい」
だから、不意に掛けられた声に不思議とそこまで驚きもしなかった。
それどころではなかったから。
「てめぇ、ウチの隊士捕まえて何してんだよ・・・」
「まさか旦那がこんな事するとは思いやせんでした。こりゃ相当溜まってるんで?」
「あのねぇ・・・?」
誰が豚のヌードでナニをナニするか、って。
本当に失礼極まりないと思うのに、土方を見てしまったら何が誰にどう失礼なのかゴチャゴチャしてしまって、結局回り回って出て来た言葉もあまり大差ない。
「っ、あのねー!?銀さんが好き好んでこんなモン欲しがる訳ないでしょ!?」
「!?なんで俺に渡すんだよッ!俺だって要らねェわ!」
(ハァァァ!?)
「ちょ何アイツ・・・責任放棄?」
グーで思いっきり殴られた頭を擦りながら遠ざかる土方を見つめぼやくと沖田はプッと小さく吹き出し、勘違いしてはないかって、何を?
「だから、旦那が必死になって集めたソレでさァ。何だと思って隊士から取り上げて回ったんです?」
「何、って・・・」
此方も半ば理由などないままの行動だが、いくら勢い余ってと言っても其処に写る人物は一人以外に思い当たらず、嫌な予感がして慌てて手にした写真を確かめてみる。
「・・・・・・」
「記念だなんて言って喜んでるんでさァ。俺ァ頼んじゃねェんですけどね?山崎のヤローがついでにって皆撮ってたみてェで」
「騙したの!?」
「誰も騙しちゃいやせんよ。旦那が勝手に勘違いしたんじゃねェですかィ」
土方だと思っていた被写体は、それこそ女になってしまって誰が誰だかサッパリ分からない隊士達。
「ホントに、一体何をそんなに必死になってたんで?」
ニヤニヤと笑う沖田にカッと顔が熱くなるのが分かり誤魔化すように慌てて全部沖田に突き出し渡した。
「た、隊士の為だかんね!警察が揺するとか呪詛とか覚えちゃいけないからっ」
「あー、あとズリ、」
「いいいいいいからっ!とにかく俺はかかかかか返したかんなっ!?」
「いいんで?」
ギチギチと壊れたゼンマイみたいに回れ右して沖田にがっしりその肩を掴まれる。
引き攣る顔で首だけ振り向くと予想より遥かに近くへ顔を寄せた沖田は耳許で囁いた。
「土方さんは完全に勘違いしてやすけど?とうとう気が狂って旦那がウチの隊士を使ってナニするつもりだって」
「・・・いやいや、隊士じゃなくて写真だからね?些細な違いだけど結構変わってくるよ?つーか・・・」
全くの濡れ衣だって主張した所で墓穴掘るだけなんだろう。
固まる俺の肩をポンと叩き、沖田は自分の胸元に手を忍ばせた。
「そんなに切羽詰まってんなら言ってくだせェよ。仕方ねェでさァ、コレもどうぞ」
「要らねェよ!それなら沖田君なんかより銀子さん思い出した方が全然いいからっ!沖田君じゃなくても銀子さんのがよっぽどいいからっ!」
そうですかなんて軽く聞き流すと土方を追う訳でもなく沖田は土方が向かった方とは反対へ。
「き、聞いてるぅ!?」
取り残された俺の手には一枚の写真。
騙された、じゃあどうして土方は沖田に従ってたんだ、紛らわしいと、居ない男を責めつつ写真を持ち上げて見る。
「銀さん・・・?」
「っ・・・!?」
怪訝に見る新八にブンブンと頭を振ると余計に怪しがって、何を隠したのかと近寄るから同じだけ後退し、後ろ手にした写真を潰してしまわぬように握ると袖に隠した。
「なんでもねーよ!いいから帰ぇるぞ!」
土方にされた誤解をどう解くべきか、放置しても俺のプライドがちょっぴり、いや、なかなかに傷付くだけではある。
それだけの事だ。
あっという間に忘れてくれるだろう。
(・・・忘れるか?)
「銀さん」
「ンだよ!今忙しいんだけどっ」
顔、赤いですよって?
これだから新八は・・・。
知ってるっての、バーカ。
〇キミの言うとおり〇
堕ちてしまったみたい
nora 20150624
⇒あとがき
ヌードでもなく、気を抜いた無防備X子ちゃんでも写ってたりするんです。
それでも最初銀さんは可愛いとかそういう事より土方だ、土方の写真だ、ってそんな当たり前の事に何だか嬉しくなっちゃうから相当前から既に手遅れ。