Biohazard

□君を待つ夢
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彼が初めて心を閉ざしたのは、ちょうど彼が傭兵の仕事に慣れてきたばかりの頃だった。

なんて酷い所。それが最初の感想だった。

いつも通りのはずのほこりっぽい空気、スモッグでよどんだ空。それでも兄貴分の彼がいたころはひどく綺麗に見えていたから、濁った街の空は幼いジェイクにとってひどく恐ろしいものに見えた。

母を早くに亡くし、傭兵になったジェイクにとって、生き抜くための知恵と技術を叩き込んでくれたのは、同じ部隊の上司だった。
彼が配属されたばかりの頃は、歳も若く実力もないからと、周りに冷たい態度を取られていた。
そんな中で唯一ジェイクに優しくしてくれたのが、恩師である男だった。

「いつまでもやられっぱなしでいるつもりか?戦いの仕方を覚えなくてはな」

男はある日、ジェイクに向かってそういった。ジェイクは目を丸くする。

「なんで?戦いのやり方だったら訓練でやってるぜ?」

「それじゃダメだってことだよ。ほかの連中と肩を並べて戦えるようになれば、メンバーの一員として誰もが認めてくれるようになるだろう」

「そんなの無理だよ。俺、ほかの人たちと違って、まだ身長も伸びてきてないし、筋肉もついてないから」

しょんぼりと幼いジェイクが答えると、男はひどく大人びた笑みを浮かべた。

「何もしないで諦めるのは感心しないな。それに、あいつらだって君が思ってるほど悪い連中じゃない。ジェイクも銃やナイフを扱えるくらい強くなれば、もう誰も仲間はずれなんかにしないさ」

幼いジェイクは疑わしそうな目で男を見やった。
母をなくした後、人に優しくされるのは初めてだった。

「...そうかな」

「そうだよ。お前は身が軽いし、鍛えればきっとすごい戦力になるに違いない。戦い方は、俺が教えてやろう。なんせ俺は赤ん坊の頃から哺乳瓶がわりに拳銃を与えられて育ったからな」

それは流石に冗談だろうが、たしかに男の戦闘に関する知識量と技術は相当なものだった。

以来、男はほとんどつきっきりでジェイクの指導にあたった。そのことはほかのメンバーたちをますます煽ることになったが、ジェイクはもう気にしなかった。

戦いの方法を覚えれば、仲間として認めてもらえるかもしれない。ただその思いだけが、当時のジェイクを支配していた。

ジェイクはもともと水準以上の運動神経を持ち合わせていたので、まるで砂が水を吸収するかの如く、ものすごい勢いで男の教えを習得していった。

年月とともに、ジェイクの脚や腕はしなやかな筋肉に発達し、やがて身長もチーム1の長身になっていた。

チーム内で彼に冷たい態度を取るものは誰ひとりとしていなくなった。


しかし、夢は破れるためにあるとは、いったい誰の言葉だったか。ジェイクはほどなく惨い現実をつきつけられることになった。

「どうして…どうして裏切ったんだよ…」

男は横たわったままで何も答えなかった。
男の体が冷たくなっていくのと同時に、ジェイクは自身の心も冷えていくのを感じた。

裏切られた。

唯一心を開いていた恩師は敵のスパイだったのだ。
何年もかけて築いてきた信頼関係が一夜にして崩れていく様を、ジェイクはただ呆然と見ていた。


どうして?

俺は、戦い方を覚えたし、誰よりも強くなったのは、何のためだったのだろう?
ジェイクは何度も何度も自問した。情けなくてつらくて、本当に泣きたかった。

彼は自分を見捨てないと思っていたのに。
そのときジェイクは、痛みに食い荒らされた体の奥から、笑いの衝動がこみ上げてくるのを感じた。

そう、何もかもがおかしかった。

必死にチームに馴染もうとしてきた自分も、男が戦い方を教えてくれたことも、戦いも、なにもかも。

現実はこれだ。なんの意味もない。
すべては無意味だ。



俺は一体、今まで何をしてきたのだろう?
何をそんなに信じようとしてきたのだろう?
この世に確かなものなんて何もないのに。
誰もが最後は、自分を見捨てていくというのに!

胸を切り裂く痛みに笑いながら、ジェイクは決めた。

何があっても、どんなことをしても、自分1人でこの時代を生きてやる。
もう何もいらない。
正義も真実も、ほしくない。
そんなものはきっと、存在しない。

これは、この痛みは、弱さを殺してもう1度生き返るための再生の儀式だと、ジェイクはその時思った。

二度とこんな目にあわないようにと。

もう二度と、人を信じたりしないようにと。




心を閉ざした彼が、鬼の女隊長と出会うのは、もう少し先の話ーーーーー。
 

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