中編
□4.食べちゃうぞが冗談に聞こえません
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~3年後~
「ふぅ……」
この3年間、女だてらにと言われながらも生き延びて、数々の任務で功績をあげてきた。いまでは、格闘術において右に出る者はいないとさえ言われる。
だがしかし、この仕事をやっている以上、無事生き残れる保証など、どこにもない。明日、人生の幕を閉じるかもしれないのだ。
(案外、今日かもしれないし)
モエミは今夜決行される任務のメンバーに選ばれている。
任務の内容は、別にどうってことはない。ただ合衆国の極秘情報を盗んだ某国の連絡部隊を待ち伏せて、襲撃する。ーーー派手さの欠片もない、ごくありふれたものだ。
同じような任務なら、今までも何度かこなしてきた。
(…これがこの世で最後の食事になるかもしれないってわけね)
モエミは冷めたスープをすすりながら、ぼんやりと考えた。
この3年でモエミの環境は大きく変わった。顔だけは端正なレオンの人気が爆発的に上がったのだ。そのために、ファンの女性陣にやっかい者扱いされたりと、散々な日々を送っていた。しかも、相棒はいつものように絡んでくる。
食堂には、遅い昼食をとる彼女以外、人はいなかった。いつも気持ち悪いくらいにまとわりついてくる相棒も、最終の打ち合わせとやらで、上官に呼び出されている。おかげでモエミの周りは、至って静かだった。
「久しぶりね、こんなのは」
「何が久しぶりなんですか?」
返ってくるはずのない言葉に、モエミは驚いて振り返った。
視線の先にいたのは、一人の女だった。サラサラの金髪に碧眼。可愛い系というより美人系。
その顔になんとなく見覚えがある気がして、モエミは首をかしげた。
「レオンさんは一緒じゃないんですか?」
そこまで聞いて、モエミは合点した。彼女は、レオンのファンの一人だ。
「いま作戦室に呼び出されてるのよ。もうすぐ帰ってくるんじゃない?」
「…そうですか」
彼女は軽く頷くと、モエミの隣に腰掛けた。
「レオンに用があるんじゃなかったの?」
彼女の予想外の行動に、モエミは目を見開いた。
「モエミさん、レオンさんのこと、どう思ってます?」
「…は?」
再びの予想外にモエミは目だけでなく口も大きく開いた。
「だって、もう3年もバディ組んでるんでしょう?」
と言って、女は探るような目を向けてくる。
ここでやっと、モエミは相手の真意を悟った。
そういえば、今までにもたくさんの女性から同じ視線を受けたことがある。
「私とレオンのこと疑ってるなら安心していいよ。恋愛どころか友情も成立してないから」
くだらない、と鼻を鳴らして言うと、女は苦笑した。
「でもどうして?相棒でしょう?」
「任務ではね」
「プライベートでも結構一緒にいるじゃないですか」
「…互いに友人が少ないらしくてね。私は敬遠されてるし、レオンは知らないけど。四六時中あんたらの相手してるのも大変なんじゃないの?」
少し意地悪く言ってやると、女は顔を羞恥に染めた。
その姿を見て、モエミはやれやれと肩をすくめた。
どうして彼女たちはこうもいらぬ心配をするのだろう。そんな心配をするのなら、一度自分たちが一緒にいる現場を観察してみればいいのだ。
モエミとレオンの間に、意思の疎通は皆無だと言っても過言ではない。断言できる。
「うらやましいですね」
女は安心するどころか、複雑そうな顔をして笑った。
「つまり、会話なんていらないってことでしょう?それって究極の理想じゃありません?」
……どこをどうやったらそういう結論にたどり着くのだろう。女の思考回路は謎である。
「生死を共にすることは特別な絆を育てるって言いますもんね」
「だから違うって……」
もう、なんと言っていいかわからない。
もともと喋るのは得意ではないモエミは、頭を抱えた。
そんなモエミを見て、女はクスリと笑い、おもむろに席をたった。
「さてと、もう行きますね。今夜の任務、頑張ってくださいよ」