中編
□4.食べちゃうぞが冗談に聞こえません
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「へぇ、リンダがそんなことをねぇ」
レオンは極力抑えた声で言った。
「まったく。いい迷惑ですよ。こんなバディ持ったおかげで私がいらない苦労しなきゃならないなんて、理不尽もいいところです」
文句を言うモエミの声も、ほとんどささやきに近い。
時は深夜。
今夜は新月の上雲っているため、路地裏は真っ暗だ。彼らはその中で待ち伏せている最中なので、自然と声は押し殺したものになる。
物陰に潜む二人の後ろには、数人のエージェントが同じように身を潜めている。
情報によると、標的は今夜この道を通るらしい。彼らを捕らえ、情報を引き出すのがモエミたちに課された仕事だ。
"生死を共にすることは特別な絆を育てるって言いますもんね"
昼間の女の台詞がふと脳裏をよぎった。
そんなたいそうなものじゃない、とモエミは思った。
二人の間に戦争映画のような感傷的な意識など存在しない。
ーーー少なくとも、モエミにとっては。
任務をうまくこなし、互いが生き延びるためのバディだ。それがたまたま異性同士だったからと言ってとやかくいう輩はよほどの暇人にちがいない。
「…そうよ。たまたま相手がこの人だったってだけで、私が暇人の相手しなきゃならないのよ」
他の人間と組んでいれば、少なくとも女たちから妙な目で見られることはなかったはずだ。
「何ひとりでぶつぶつ言ってるんだ?」
モエミの愚痴を聞き取ったレオンが顔を覗きこんできた。
何人もの女性を虜にしてきた、端正な顔だ。モエミでさえ、見惚れたことがある。この男が変態だと知らなければ、惚れていただろう。
「レオンがファンの子達をなんとかしてくれれば助かるってことですよ」
「妬いたのか?」
ニヤニヤと笑う声に、思わずため息をついた。
「バカじゃないですか?あなたのファンにやっかみ買うのはこっちなんですよ。バディならそのくらい気を使ってくれたっていいじゃないですか」
「まぁ、言うのは簡単だがな。条件付きだ」
「1ヶ月パシリとかやめてくださいよ」
「そんな訳ないだろう?」
「じゃあなんですか」
モエミが怪訝そうに眉をひそめるとレオンは対称的ににこやかに笑った。
「食べたいものがあるんだ」
「そーですか」
「いいのか?」
「いいですよ、別に。で、何を食べたいんですか」
「君だ」
「……は?」
「だから俺は君を食べたい」
モエミの返事は、怒りの右こぶしだった。
「いたた。何するんだいきなり」
「うるさい、わめかないでください。敵に気づかれます」
「だったら殴るなよ」
「あなたが殴られるようなこと言うからでしょう」
睨み合う二人の後ろでは、他のエージェントたちが笑いを噛み殺している。
「さっきは別にいいって言ったじゃないか」
「まさか食べ物じゃないなんて思いもしませんでしたからね」
「冗談の通じない奴だな」
「あなたの言う冗談は冗談に聞こえないんですよ」
「冗談じゃないからな」
仕事の後が楽しみだな、と言った相棒に、もう一発こぶしをお見舞いした。