中編
□王子様の憂鬱
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高校生活も3年目。桜はとうの昔に散って、今は緑が生い茂る5月。
爽やかな風が、気持ちいい。
………走ってさえいなければ。
俺は学校が嫌いだ。
朝学校に行けば校門をくぐるあたりから女子の黄色い声の嵐。
昼休みは呼び出されて告白なんて日常茶飯事だ。
そこからついたあだ名は王子。
友達にはうらやましいなんて言われるが、メシもろくに食えないなんてまっぴらゴメンだろ、というと、彼はたしかに、と笑った。
放課後は放課後で大変だ。
………校門を出るまでが。
俺はスポーツは苦手じゃないが、どの部にも所属していない。
それをいいことに、毎日のように勧誘をしてくるやつらがいるのだ。
サッカーやバスケはもちろん、陸上部のエースに学校を出るまで鬼ごっこをしなければならない。
捕まったら終わりのリアル鬼ごっこだ。
もう2年以上逃げ続けてる俺は無駄に体力がつき、すっかりスポーツマンだ。
…だが今日はいつものようにいかなかった。
「…っち」
いつもはバラバラに追いかけてきてたそれぞれの部のやつらが、今日は協力して抜け道を塞いでいた。
これでは逃げれない。
「ねぇ!!早くこっち!」
突然前の教室から手がぬっと出てきて手招きをした。
俺が近くまでいくと、その腕はばっと俺の服を掴み、教室へと引きずり込んだ。
「なにしやが、っむぐ」
「しっ!!!」
後ろから口元を押さえられ、暴れようとすると、バタバタと廊下から足音か、聞こえてきた。
「おい、いたか?」
「いや、いなかった。たしかに追い込んだはずなんだけどな」
「…また逃げられたか。まだ近くにいるはずだ。探そう」
壁越しに聞こえていた会話が終わると、足音は遠ざかって行った。
後ろで俺の口元を押さえていたやつは、ふうと息をついて俺を解放した。
「はい、もういいよ」
女の声だ。俺が後ろを振り向くと、女は危なかったね、と笑った。
「すまない、助かった」
「いや、気にしなくていいよ。私が勝手にやったことだし」
それに、と彼女は続けた。開いた窓から風が入ってきて、後ろの高い位置に結われた黒髪が揺れる。
「この空き教室、逃げ場にしていいよ。結構目立たないから、私のお気に入りの場所なんだ」
サボってても見つからないし、と彼女は笑った。
俺は薄く笑って礼を言った。
「すまない。ありがたく使わせてもらうよ」
すると彼女は驚いたように黒目を大きく見開いたあと、すぐに嬉しげに笑った。
「うん!今日からここは私たちの秘密基地だね!!…それにしてもあの無表情で有名な王子様でも笑うんだね」
俺は彼女の台詞にクスリと笑って言った。
「俺だって人間だからな。笑うくらいするさ」
だが、久しぶりに笑った気がする。きっとこの子のおかげだろう。
黒目黒髪の童顔。くしゃりと破顔して笑う姿は俺を安心させた。
―――俺が会ってきた媚びを売る奴らみたいなのとは違う。
俺は直感的にそう思った。
「そういえば、名前を聞いていなかったな」
「モエミ・サトウだよ」
「OK、モエミな。俺は…」
俺が名前を言いかけると、モエミは知ってるよ、と笑った。
「レオン・ケネディ君だよね。ケネディ君のこと知らない人なんてこの学校にいないよ」
そういって彼女は、モテる男は大変だねー、とケラケラ笑う。
「レオンでいい。さてモエミ、帰らないか?」
外を見ると、陽は沈みかけていて、綺麗な茜色の空があった。
「そうだね、帰ろうっと!!」
―――これが、俺と彼女の出会いだった。
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