短編小説

□優しすぎて…
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秋田は寒い。それはもうとてつもなく。


そんな中、防寒着に身を包み駅前で立っている女が一人。



「もう何この寒さ。いじめか、いじめなのか」



寒さに文句を言う霰には、待ち人がいる。


今日ここで待ち合わせをしているのだが、時間よりも少し早く来てしまったため寒い中待たなければならなくなった。



早く来た10分前の自分を恨む。



そんなことを思っていると、後ろから声をかけられた。



「あれ〜?霰ちんじゃ〜ん」



霰のことをそう呼ぶ人物、そして間延びしたしゃべり方。


振り返らなくても分かるその人物は、霰の部活の後輩の紫原敦だ。


残念ながら霰の待ち人ではない。



「なんだ、紫原くんか」



思わず本音が漏れると、あからさまに不機嫌になる紫原。


二メートルもの巨体が不機嫌になるとオーラだけで殺されそうなんですけど。



「それ、どーゆー意味?」



お菓子を食べながらそう聞いてきたので、待ち人と待ち合わせしてるのだと説明すると納得してくれた。



「そうなんだ〜。じゃ、はい」



紫原から突き出されたのは、まいう棒のコーンポタージュ味。


霰が一番好きな味だ。



「これ食べながら待ってれば〜?俺、もう行くから」



「ありがとう」



紫原は手をヒラヒラさせながらその場を去った。


まいう棒を食べながら待っていたら、今度こそ霰の待ち人が来た。



「霰、お待たせ」



爽やかに登場した氷室辰也は、霰と同じ部活で彼氏でもある。


今日はデートのため待ち合わせをしていたのだ。



「全然大丈夫だよ」



霰が微笑むと



「それじゃ、行こうか」



と、言って手を繋いで歩き始めた。



「手、冷たいじゃないか。やっぱり待ってたんだろ?」



「まぁ、ちょっとだけね」



苦笑いを浮かべると、早く店に入ろうと言い、少し早足でデパートに入った。



「あったか…」



暖房の効いた店内は外とは別世界。


冷えた体がジンジンとする。



「あんまり無理しないで、寒いときは寒いって言いなよ?」



「うん、ありがとう辰也」



こんな風に心配してくれ、気遣ってくれる優しい辰也が大好きだ。



「じゃあ、どこから回ろうか?」



「辰也が行きたいところでいいよ」



「うん、そうだな…」



氷室は少し悩んだあと、思いついたように霰に笑顔を向けた。



「俺は、霰と一緒ならどこでもいいよ」



霰はそんな甘々な言葉に思わず顔が熱くなる。



「じ、じゃあ…映画観たい!」



照れながらもとりあえず思いついた場所を指定する。


てきとうに言ったので、さほど映画は観たくないのだが。



「映画か…。いいよ、何が観たい?」



「え、えと……映画館着いてから決める!」



「分かった」



映画館へ方向を変える。


いつもこうだ。なんだかんだで、結局霰の意見を尊重し、文句一つ言わずに着いてきてくれる。


いや、優しくていいのだが、なんか…物足りないというか、なんというか…。


と、ネガティブモードに入ってしまったため、表情が何とも言えない顔になる。


それに気づいた氷室は声をかける。



「霰、どうかした?」



なるべく優しく話しかけると、霰はゆっくりと口を開いた。



「なんか、辰也が優しすぎて…不安なの。本当に私のこと好きなのかなって。私といて楽しいのかなって」



思わず心の内を言ってしまい、言い終わった後にしまったと思ったが、既に手遅れ。


氷室も複雑な表情を浮かべるが、この言葉だけで理解したらしい。



「俺は、本当に霰のことが好きだし、これからも手放すつもりはないよ。だから勿論、一緒にいて楽しいし一緒にいたいって思うんだ」



「だったら…私に遠慮しないでほしい。優しいのもいいけど、優しすぎるとつらい」



「霰…」



確かに氷室は気は遣っていた。嫌われたくなかったから。


ただ氷室はそれすらも楽しかった。


けど霰はそれが不安だったらしい。


それが霰を不安にさせていた。


ならば…



「分かった。じゃあ、俺のしたいことをさせてもらうよ」



その言葉を聞いて、パァと笑顔になる霰。



「じゃあ、辰也は何がしたい?」



嬉々として聞いてくる霰に答える氷室。



「そうだなぁ。とりあえず、俺の家に行こうか。じゃないと、俺のしたいことはできないから」



「うん、分かったー!って、へ?」



「ダメかな?まぁ、ダメと言われても無理矢理連れていくけど」



「た、辰也…!えっ、ちょ…マジで?」



「遠慮しないでって言ったのは、誰だったかな?」



「〜〜…!」



「行くよ」



氷室の中の何かが開花した瞬間でした。


こうして二人は、人前でもイチャイチャするバカップルになりました。


めでたしめでたし。


あれ?めでたいのか、コレ。



「心臓がいくつあっても足りないー!!!」




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