短編小説

□今も、これからも
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今日は、私の彼氏―赤司征十郎の誕生日


征十郎を祝うため、彼の部屋の前へとやってきた


「征十郎…いるかな……?」


ビックリさせようと思って連絡せずにきたから、いるかどうか分からない


私は、部屋のインターホンをゆっくりと押す


ピーンポーン


しばらくしてガチャリと扉が開いた


「はい、どちらさ…。霰か?いらっしゃい」


「やっほ♪」


突然訪ねたにも関わらず、征十郎は部屋に招き入れてくれた


ダイニングの机の上には、勉強道具が広がっていた


「征十郎、勉強してたの?」


私が聞くと


「ああ」


と一言返ってきて


「霰、そこに座って。飲み物を取ってくる」


と気遣ってくれる


「ありがと!」


私は征十郎に言われた通り席に座る


後は、どうやって誕生日プレゼントを渡そう


そう考えていると


「霰」


台所に行ったと思われていた征十郎が私を抱き締めた


いや、正確には抱き締めようとした


征十郎の腕は、私の体をすり抜け空を切った


これから分かること


それは、私が本当に死んだということだ


私は二ヶ月前、交通事故に遭い死んでしまった


けど、征十郎の誕生日をどうしても祝いたくってあの世に行くことが出来ず、誕生日の今日この日ここに来たのだ


征十郎が床に膝をつき項垂れる


私はなんだか居たたまれなくなって、椅子から降りて征十郎の前にしゃがみ込む


「征十郎…?」


征十郎の顔を覗き込もうとしたら、私は見てしまった


膝の上に落ちる水滴を


征十郎の涙を


私は初めて見たのだ


「な、んで…なんだ」


征十郎の声は微かに震えていた


「ようやく、会えたと…思ったのに、僕は…霰に、触れることが出来ない。…触れることすら、許されない」


くそっ!と拳を床に叩きつける


こんな乱れた征十郎、本当に見たことがない


こういう時、慰める手段として征十郎の頭を撫でたい


衝動的にそう思った私は、征十郎の頭へと手を伸ばす


しかし、私の手は征十郎の頭に触れることなくそこを通り抜けた


何とも言えない空虚感が私を襲う


好きな人に触れることが出来ない悲しさ


そこからか、もしくは


征十郎が泣いているのを見てか


どちらかは分からない


だか、出るはずのない水滴が、私の目へと溜まっていく


「征、十郎…」


やはり離れたくない


できることなら、このまま一生征十郎と一緒にいたい


だけど私は、もう死んでいる


征十郎に触れることも、触れられることも許されていない


ずっと、征十郎と…居たい


そう思ったとき、私の体から光が放たれる


それに即座に気づいた征十郎は顔を上げ


「霰…!」


と叫ぶ


段々と軽く、そして透けていく体に私はそろそろ時間がきたのだと悟った


これが本当に最期なんだと


そう思った刹那、今まで我慢していた涙が私の頬を伝った


次々と溢れてくる涙に戸惑いながらも精一杯の笑顔を作る


「もうそろそろ、本当に時間みたい」


「霰…」


「征十郎、お誕生日…おめでとう……!最期に誕生日、祝えて…よかっ…た」


とめどなく溢れる涙を止めることは出来ない


だけどその分、笑顔を見せる


すると征十郎は、何かを決心したように


とっても…優しく微笑んだ


「ありがとう、霰」


その笑顔に私はこころがときめいた


「征十郎、幸せに…なってよね!絶対、だからね!」


涙こそ流れているが心の底から笑えた


「霰、愛してる。今も、これからも」


「私もだよ…愛してる、征十郎。今も、これからも!」


自然と顔を近づける二人


触れられないと分かっていても、それでも、そうせずにはいられなかった……ーーー






私の面影と征十郎が重なった瞬間



私は、光となって天空へと昇っていった









霰が赤司の前から完全に消えた後、赤司はしばらくその場を動けずにいた


ふと、霰が座っていた椅子を見上げるとそこには紙袋が置いてあった


手を無気力に伸ばし、それを取る


中を見た瞬間、赤司の目は盛大に開かれた


「これは…」


思わず中に入っていた物を取り上げる


それは『SEIJYUUROU』と刺繍してある赤を基調としたマフラーだった


恐らくこれは霰が生前編んだ物だろうと赤司は悟った


二ヶ月も前から準備していたなんて赤司がどれだけ霰に愛されているか分かる


「これを届けるために、わざわざ…」


赤司は立ち上がりカーテンを開け、霰が昇っていった方向を見つめる


「ありがとな、霰」






その日は




星がとても綺麗だったという…





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