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□#甘い取引。
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朝からひどくイライラしていた。
その原因は、辺りに充満するこの、甘ったるい−−−……。
*
「夜人……大丈夫?顔色悪いよ……?」
午前の授業を終え、皆が思い思いに行動し始める昼休み。
昼食を囲むために傍にきた神無は、俺の顔を見るなり、心配そうな顔をして労るように俺の背中を優しく撫でてきた。
布越しに伝わる手の温かさに、少しばかりほっとする。
「……ん、平気だ。」
「バカね、平気って顔してないから神無が心配してんでしょーがっ。」
安心させようと笑みを作り頷いてみせたのだが、土佐塚にべしんと頭を小突かれ指摘されてしまった。
土佐塚を睨むが 、俺の視線は小さい手鏡を押し付けられたことによって遮られる。
どうやら見ろと言うことらしい。
不服に思いながらも、黙って渡された手鏡を覗きこむ。そこには、顔色があまりによくない自分の姿がはっきりと写っていた。
「…………………………酷いな。」
「でしょ。保健室にでも行ってきたら?」
「保健室……いや、余計悪化しそう。パス。」
「は?何言ってんの……、」
「土佐塚さん、あの、夜人は……っ。」
神無が一生懸命土佐塚に説明してくれようと口を開いているのを尻目に、俺はどうすればこの状況を打開できるかを考える。
保健室には三翼の一人、高槻麗二がいるが−−−……。
「夜人、甘いの苦手で……。」
「………………は……?」
「うっ、気持ち悪……。」
土佐塚が呆けたような声をあげるのと、俺が非難の声をあげたのはほぼ同時だった。
−−−やはり苦手であるものを言葉にされると、余計に辛い。
そう、情けない話だが俺は甘いものが大の苦手だ。
全く食べられないというわけではない。
普段少量くらいならば摂っているし、神無が作るのを手伝うこともあるくらいだ。
が、朝から何処へ行っても甘い匂いばかり。
鬼の血を半分引いているため嗅覚が敏感になっているせいか、少しの匂いも拾ってしまう。
要は嗅ぎすぎてしまった、とでも言えばわかりやすいのだろうか。
「へー驚きだなぁ。あ、だからさっきから貰うの全部断ってるんだ?」
「……神無のだけでいい。」
「そういうの、シスターコンプレックスっていうのよ。あ、高槻先生も結構モテるし、今頃保健室はチョコの山かもだしねー。」
呆れたように肩を落とすも声音がひどく楽しそうな土佐塚に、シスなんたらのことについて否定しようとするも返す気力すらなく、そのまま机に突っ伏する。
神無は変わらず背中を撫で続けてくれ、それだけが今の唯一の救いだった。
すると、土佐塚は思い付いたようにポケットから携帯を取り出した。
手早い動作で操作し、またポケットに仕舞う。
「神無、夜人の弁当箱貸して。」
「え?」
「迎え、頼んだからさ。こんな状態じゃ、アンタ授業も受けれないでしょ?」
迎え。
土佐塚がにっこり笑って、神無から俺の弁当箱を受け取る。
俺の体調を気遣ってくれているのか、神無は素直に従っていた。
……俺ごときにここまでする必要はないと思う。逆に申し訳なくてそっちの方が落ち着かない。
心配するなと口を開こうとしたその時、教室の扉が横にスライドされ、予想外の人物が中に入って来るのが見えた。
「堀川、先輩……?」
「……!」
神無の驚いた声に俺は気分が悪かったことも忘れ、神無を背に庇うように立ち上がり堀川を睨み付けていた。
一瞬、ぐらりと立ち眩みを覚えたが頭を振って目の前の危険にだけ集中する。
「……随分威勢がいいな、弱ってるって聞いてたけど?」
「響……アンタが変に殺気飛ばすからでしょ!?」
「ただの挨拶だろ。」
此方に歩いてくる堀川に、土佐塚はいつの間にまとめていたのかわからない俺の荷物を堀川に渡した。
もしかして、土佐塚の言っていた迎えは−−−……。
「おい、何をボーッとしてる?」
「!な、」
「俺を待たせるな、行くぞ。」
気づけば、堀川に手首を無理矢理捕まれていた。
鬼の中でも強い力を持つ堀川に、半分しか鬼の血を引いていない俺では力の差は一目瞭然だ。
とりあえず、土佐塚明日覚えてろ。
俺はお大事にーと手を振る土佐塚を一睨みし、次いで神無に心配するなと笑んでから、堀川に引きずられるように教室を出ていったのだった。
*