君の神様になりたい

□あさがお
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体育祭を終え、2日後の登校日。
いつもと同じ電車を乗り込むと、雨のせいかいつもより人が多く慌てて手すりに掴まる。足場を確保し息を整えていると、肩を叩かれ反射的にそちらに顔を向ける。

「君怪力の子だよね?体育祭みたよ!」
「やっぱり!私もそうだと思ったの!うわー直接みるとほんと可愛い!てか華奢!」
「こんな可愛いのにあんな強いなんて俺ファンになっちゃったよ!」
「あ、ありがとう、ございます?」
「腕ほそっ!こんな細い身体でどっからあのパワー出てるんだ!?」

突如知らない人達からまくし立てられる言葉に圧倒されながらも目の前の男性にしどろもどろにお礼を言いながら握手を返すと、「これから頑張ってね!応援するよ!」と思わぬ声援にじわじわと胸が熱くなる。
その後も幾度かかけられる声に憂鬱な天気とは裏腹に浮足立つ心は自分で思っていたより顔に出ていたらしい。

「ご機嫌だな」

頭上から降ってきた声に昇降口で上履きに履き替えようとしていた手が止まる。見上げた先にあるツートンカラーにどきりと心臓が跳ねた。

「しょ...轟くんおはよう」
「おはよ。なんか良いことでもあったか?」
「朝いろんな人に声かけられて...体育祭の効果すごいね」
「ああ...俺も声かけられたな」

上履きに履き替え歩く足は同じところを目的としていて、自然と肩を並べて世間話をする姿は以前からは考えられない。そう思うのは自分だけではないようで、教室に入ると集まる声援に目を瞬かせる。

「あ!話題のお二人きたー!」
「てか一緒に登校してる!仲直りできてよかったな力石!」

別に喧嘩していたわけではないが、周りからそう思われていた現状に彼に申し訳なく思いながら周りに適当に返事を返していると、相澤先生達の「おはよう」という到着により皆の動きが止まる。一斉に着席になり、静かになる自分を含めたクラスメイトの姿に調教...いや教育されてるなと感じながら先生の続く言葉を待つ。

「今日のヒーロー情報学、ちょっと特別だぞ」
「「コードネーム」ヒーローネーム名の考案だ」
「胸ふくらむやつきたああああ」

沸き立つクラスメイトにかまわず、体育祭を経てプロからのドラフト指名が貼り出される。一位二位と圧倒的な指名数に白黒ついたというクラスメイトの声にまさしく納得する。
一位の彼にさすがだなあと思いつつ、自分の得票数を確認すると282とある。まあぶっちゃけちゃんと個性を活かして戦えたのって最初のロボのところであって妥当な順位なのだろう。

「これを踏まえ...指名の有無関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう」

それに伴ってのヒーロー名決めということで、ボードが全員に振り分けられる。まさかの発表形式でミッドナイト先生の講評が始まり皆が続々と決まっていく中、なかなか進まないペン先に悩んでいると、後ろの席の方から静かに立ち上がる席の音が聞こえる。
ショート、とボードに書かれた文字を見つめて深読みしてしまうのは私だけどろうか。左の個性を嫌う彼につけられた名前は轟焦凍という体を表すに相応しくそれが逆に彼を苦しめていた原因でもある。その象徴となる名前をヒーロー名として掲げる彼の心境は明らかに体育祭の前からは変化が見られる。変わろうとしているのだ、夢を目指すために。

「......プレス、です。個性とかけて」

ボードにかかれたそれは私の個性、プレッシャー(圧力)そのままだ。自分の個性を嫌いだと逃げたままではいけないのは分かってる。私だって変わりたいから。その決意を表した名に周りの反応に緊張するが、「いいわね!分かりやすくて!」とミッドナイト先生からの言葉をいただきほっと席に着く。
続いて教壇に立った緑谷くんのボードにかかれた名をに皆がざわつく。蔑称であるはずのそれをヒーローネームに掲げる彼の顔は晴れやかだ。マイナスをプラスに変えてしまう彼のその姿勢がとても好きで、席に戻る緑谷くんになんの気なしに手を振るとあたふたとお辞儀をされた。その挙動が面白くてふっと思わず声が漏れると、前方から爆豪くんの睨みを頂いたので慌てて表情を戻した。


「咲未ちゃんはどこ行くん?」
「...うーん、まだ迷ってるかな。お茶子ちゃんは?」
「バトルヒーロー「ガンヘッド」の事務所!?」
「ゴリッゴリの武闘派じゃん!!麗日さんがそこに!?」
「うん、指名来てた!!」

とんでもないネーミングセンスの爆豪くんを除き、全員のヒーロー名が決まった後配られたリストを眺めているとお茶子に声をかけられた。緑谷くんも混ざり、お茶子ちゃんの決定先に驚きの声を上げる。

「てっきり13号先生のようなヒーロー目指してるのかと...」
「最終的にはね!こないだの爆豪くん戦で思ったんだ!強くなればそんだけ可能性が広がる!やりたい方だけ向いてても見聞狭まる!と!」
「.......なるほど」

納得したように返事を返す緑谷くんの身体は震えていてよく見るとお尻が椅子から浮いている。え......空気椅子?授業中もトレーニングとして空気椅子をする緑谷くんに目を丸くする。

「今のままじゃダメなんだ」
「...二人ともすごいなあ」
「ええ!?咲未ちゃんの方がすごいやん!私もガンヘッドのところで地力鍛えてくるんだ!」
「いや私なんて.....あ」
「どうしたの力石さん?」
「私もガンヘッドのところから指名きてる」
「えーー!!たしかに指名2名までだもんね!咲未ちゃん行くの!?」
「たしかに興味はすっごいある...けど」

改めて見るリストにその名はない。気付かぬ間に漏れていたため息に目ざとくお茶子ちゃんが反応した。

「もしかして行きたい事務所あるん?」
「うん。...でも指名きてなかったからどうしようかなって思って」
「咲未」

突如呼ばれた自分の名に勢いよく振り返る。

「しょ..轟くん」
「わりぃ。話遮っちまったか」
「あ、ううん。えと...どうしたの?」
「飯一緒に食わねえかと思って...無理ならまた誘う」
「え」
「行きます!行くよね咲未ちゃん!!」
「轟くん僕たちは大丈夫だから!!」

思わぬ申し出に固まる私に外野の二人が謎の返事をする。ちょっと待ってくれ。彼から話しかけてくれるなんて嬉しいが、たしかに和解はしたがいかんせん今までを思うと想定外すぎる。が、断る理由なんてないため混乱する思考のまま前を歩く彼を慌てて追いかける。「青春だな ...」「幼馴染設定ずるすぎるだろ...」とクラスメイトがぼやいていたことを私は知らない。


食堂で目の前で蕎麦を静かにすする正面にすする彼を伺いながら、注文したオムライスを一口口に含むと口の中でとろとろの卵とチキンライスが絶妙な具合で絡まる。ーー美味しい。次々と口に納まる幸せに思わず頬を緩めていると、前方からふっと笑いが漏れた。

「え、え、なに?」
「いや、幸せそうに食うなと思って」
「だ、だって美味しいんだもん」 
「ふっ...卵料理が好きなのは相変わらずだな」

図星であり頬に少し赤みがさすのを自覚しながら、「轟くんだっていつもお蕎麦じゃん」と返すとじっと見られた。慣れない視線に嬉しさより戸惑いの方が大きい。

「な、なに?」
「名前」
「ん?」
「昔は名前で呼んでただろ」
「昔は、だよ」
「今だってよく言い間違えてるだろ」
「う"っ」

思わぬ指摘に今度こそ顔が真っ赤になって思わず両手で顔を覆う。気付いてたの、いつから。心の中でずっと読んでいたという名は口に出したくても出してはいけない境界線のようなものを感じて、いつも言い出しそうになるのを必死に抑えていた。それを本人に指摘されるとはこれ以上の羞恥はない。

「また昔みたいに呼んでくれねえか」

恥ずかしいのに、柔らかく微笑むその色彩から目が離せない。断る理由なんてなくゆっくり頷けば嬉しそうに表情を緩める彼に胸に熱いものか込み上げる。あんなにも遠かった距離が今はこんなにも近い。

「焦凍くん」
「ん?なんだ」
「...なんでもないよ」

名前を呼べば返事が返ってくる。私の目の前にいる彼の表情はとても穏やかだ。これ以上の幸せがあるのだろうか。ない、と言い切れるほどの胸に溢れる幸福感にいつまでも浸っていたい。
そう、願うのは我が儘だろうか。

この後教室に戻った私達の呼び方にクラスの皆からの質問攻めがあることを今の私達は知らない。




▲▲▲




薄暗いBARで真昼から酒を煽る姿はその風貌と相まってどこか色っぽく感じながら黒霧は目の前の空になった男のグラスに注ぎ足す。

「飲み過ぎではないですか」

静かにそう告げるとゆっくり顔を上げるその男の濃い緑の目が暗い空間において不自然に光る。肩に流れる絡みなど一切ない黒髪がさらりと揺れ、ゆるく一本に纏められ背中を流れる。

「いいじゃん。ここのお酒飲むの俺だけだし」
「まあ....そうですが。いざと言う時に動けないと困ります」
「黒霧は心配性だなあ。そんなんだから死柄木にコケにされるんだよ。...それに」

視線を向けた先はテレビの中の雄英体育祭の映像。それは桜色の髪を持つ少女が全力で相手に向かっていく姿だった。

「俺を酔わせられるのはこの子だけだ」

つい、と伸びた手が画面の中の彼女を辿る。その表情はとても恍惚なもので、黒霧は思わず厄介な人に目をつけられたその少女に同情してしまった。

「近いうちに我々も動きます。あなたもその準備を」

わかってるよ、と返事を返すその呼気は先程までとは考えられないほどアルコールの香りがする。それに酔わないように黒霧はゆっくりと息を吐いた。
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