君の神様になりたい

□お節介
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リカバリーガールの治療を終えて会場に戻ると、切島くんとB組の同じく硬化の個性の人がガチンコの殴り合いをしていた。

「力石おつかれー!」
「咲未ちゃんすごかったわ。男の子相手と互角に渡り合うなんて。格闘技得意なのね」
「ありがとう。...得意というか昔教えてくれる人がいてね」

席に座りクラスメイトの労りの声に返事しながら私がいなかった時の試合について聞く。青山くんvsみなちゃんの試合はみなちゃんの一発KOが決まり、常闇くんvs百ちゃんは常闇くんの先手必勝で即決着がついたらしい。常闇くんのダークシャドウ万能だなと考えていると、ステージでは両者同時にノックダウンした。引き分けの場合は、腕相撲で勝敗を決めるらしい。
個性ダダ被りの二人なら良い勝負になるのではと思いつつ、思考は次の試合に流れていく。

「次ある意味最も不穏な組ね」
「ウチなんか見たくないな.....」

爆豪勝己vs麗日お茶子
一回戦最後の組だ。お茶子ちゃんが速攻をかけるが、爆豪くんの迎撃が直撃する。爆豪くんの爆破は完全にお茶子ちゃんの動きを捉えていて、触れなきゃ発動できない彼女の個性とは相性が悪い。突撃を続けるが、爆豪くんの反射神経にはまるで歯が立たない。傍から見ればそれは一方的な暴力に見えるだろう。観客席から野次が飛ぶ。
でも、爆豪くんは言動は粗野だが意味のないことはしない人だ。お茶子ちゃんの目も死んでいない。何かあるはず、ふと空を見上げる。

「まさか...」

その存在に気付くと同時に、瓦礫が流星群となって爆豪くんのみならずお茶子ちゃんにも降りかかってくる。だがそんな捨て身の作戦も爆豪くんの爆破によって瓦礫は木っ端微塵と砕け散った。
あの量を一撃ーーー。おそらくこれが彼女が考えた爆豪くんへの攻略法。ふらふらな身体をなんとか支える彼女の目は死んでいない。策はもうないはずなのに。正面突破で爆豪くんに勝負を挑むなんて個性の相性といい戦闘センスといい無謀すぎる。だからこんな捨て身の作戦を考えたんじゃないか。
なのに、まだ諦めない。彼女の意志とは反対に倒れていく彼女の姿を見てぐっと奥歯を噛む。
何が彼女をあそこまで駆り立てるのだろう。なんて、愚問か。

ーー勝ちたい

きっと、それだけだ。


▲▲▲


緑谷出久vs轟焦凍
先程の試合とは違い、両者トップクラスの成績であり観客席が期待と共にわく。期待と同時に変な緊張をしてしまうのは私だけだろうか。
焦凍くんが緑谷くんを気にかけているのは分かった。緑谷くんの馬鹿みたいなあの力を無闇に撃たせるのは危険だ。なら取るべき方法は一つだけ。
START!!
予想通り開始瞬間に氷結が緑谷くんを襲うが、緑谷くんの超パワーが氷結を打ち消す。でもその代償は相当なものだ。指が一本一本と犠牲になっていく。自損覚悟の打ち消し。その光景に眉を顰める。

「筋肉酷使すりゃ筋繊維が切れるし走り続けりゃ息切れる。“個性”だって身体機能だ。奴にも何らかの“限度”はあるハズだろ」

爆豪くんの発言に、焦凍くんをじっと観察する。伊達に彼を見続けてきたわけじゃない。おそらく、彼の限度は個性による身体の冷却だ。出せる氷結にも限度はあるし、使えば使うほど身体は消耗していくはずだ。でも、それって。

耐久戦を挑んだ緑谷くんに焦凍くんが近接戦をしかけ、氷結の威力が増す。ついに左腕一本を犠牲にした緑谷くんに容赦なくトドメとばかりに氷結が再び襲う。

「っ」

既に壊れた右手の指で打ち消しをした緑谷くんの右手は凄惨なことになっている。
耐久戦に挑んだ緑谷くんの選択肢は正しい。焦凍くんの個性の弱点を考えたら私だってそうする。左側の炎を使えばそんな制限なんて解決できるが、彼はその力を使う気がない。ならばその弱点をつくべきだ。もっとも、それは緑谷くん自身の反動を考えれば問題外だが。
自損覚悟の打ち消し、そんな生半可なものじゃない。あんなのただの自殺行為だ。いくらリカバリーガールに治してもらえるからといっても限度がある。
とうとう握れなくなった右手を親指を口の端に引っ掛けてなお個性を発動させる緑谷くんの攻撃は緩まない。緑谷くんの拳が焦凍くんの腹を直撃する。
ステージ上で何かを叫ぶ緑谷くんに焦凍くんの瞳が揺れている。何を言ってるかは分からない。でも泣きそうな表情を浮かべる彼と、緑谷くんの気迫になぜだろう、なんとなく緑谷くんのしたいことが分かってしまった。

「...っやめて」
「力石?」

震える唇から漏れた言葉にクラスメイトが反応するがそれに応える余裕はない。彼の緑の瞳がゆらゆら揺れ、そこから蒸発するように熱を帯びていく。瞬間燃え上がる炎から目が離せない。

『使わず“一番になる”ことで、奴を完全否定する』

その言葉は彼にとって決意だったはずだ。でも炎を纏う彼の表情はどこか晴れやかで、泣きそうで。ああーー。


静かに新緑の瞳から涙を流す力石を見てクラスメイトは声をかけることはできなかった。轟の左側による熱風に皆が目を細める中、瞬きもせず力石の視線は轟から動かない。その表情は呆然としたような諦めのような憂いをおびたものだった。
そんな力石を置き去りにしたまま試合は進んでいく。轟の左側と緑谷の全力がぶつかり、冷やされた空気が瞬間的に熱され膨張し爆風となったそれが観客席にふりかかる。爆風が晴れた後に見えた光景は緑谷が場外になった姿だった。轟の勝利で二回戦一試合目は幕を閉じた。
音もなく席を立つ力石に耳郎が声をかける。

「力石?」
「.....次試合だから」
「え、あ、そっか。がんばれ」

言葉ではなく頷いて答えた力石の表情は長い髪が隠していて伺えない。背を向ける彼女の姿はどこか頼りなくて消えてしまいそうな不安なものだった。


『ーーでは気を取り直してえ!第二試合目、トゲあるイバラで捕獲はお手の物!?塩崎茨!vs俺も一発もらいたい格闘女子!力石咲未!』
「何言ってんだお前...」
『それでは、STAAAART!!』

先手必勝とばかりに眼前に迫るツルを素手で掴み圧力を加える。トゲを持つツルの一部が右腕に食い込み血が吹き出るがどうでもいい。もう、どうでもいいんだ。
お構いなしに個性の発動を続ける。掴んだツルから塩崎さんに向けてツルを粉砕していくが、本体に届く前にツルを切り離された。それ切り離せるんだ。便利だなあ、向こうは私を捕縛してくる気なんだろう。ツルを躱しながら接近戦に持ち込む?でもトゲ痛いしなあ。
なんか、もうめんどくさいなあ。

「ーー沈んで」

両手を地面につけ地面を割るように圧力をかける。崩れていくステージは塩崎さんを巻き込んで終わった後は自分を中心にクレーターのようになっていた。塩崎さんは瓦礫に埋もれながら気絶している。

『す、ステージが消えたあ!?というか砕けた!!?力石やべえな!!』
「塩崎さん行動不能!力石さん三回戦進出!!」

担架で運ばれていく気絶した塩崎さんを見送った後、会場を後にする。
皆のいる観客席に戻ろうとは思えなかった。自然と人のいない方へと足が遠ざかっていく。
あと二試合終われば焦凍くんとの試合だ。あんなにも待ち望んでいたはずなのに今の心はひどく重い。適当な階段に座り込む。
目を閉じて浮かぶのはやっぱり彼の姿だった。


『きゃー!たすけてー!』
『も、もうあんしんだ!わたしがきた!』
『ヒーローショート!』

オールマイトが好きな彼は小さい時ヒーローごっこをすると、必ずオールマイトの台詞を口にした。家では口に出せないその名前に焦凍くんの目はキラキラと輝いていて頬が少し赤く緩みながらポーズを決めるその姿が大好きだった。

『咲未ちゃんはぼくが守るから!』
『わたしもしょうとくんを守る!』
『だめ!ぼくが守るの!』
『ええ...』

なぜか頑なに私が守る発言を許してくれない焦凍くんに最後は私が根負けをしてその言葉を口に出すことはしなくなったが、心の中ではずっと思っていた。

『私、しょうとくんの左のお目目好きだなあ』
『こっち?どうして?』

首を傾げる焦凍くんの両手を握りながら正面から瞳を覗き込む。宝石のようにグリーンの瞳は父親と同じもので、焦凍くんはちょっと嫌そうだ。でも、

『おそろいみたいだなって!』

若葉色の瞳を持つ自分と木漏れ日に晒されて光る葉のような緑の瞳を持つ彼と、今思えば系統が一緒なだけでお揃いとは違うかもしれないが幼い時は彼との共通点を見つけたようで嬉しかったのだ。

『...うん!おそろい!』

瞳も好きだが、彼が嫌う左側の個性も好きだった。個性の関係で左側の方が若干体温の高い彼の左手を握るのが好きだった。温かいその手に包まれるとすごく安心して幸せな気持ちになったからだ。

ーーそんな気持ち、忘れていた

自分の左側を嫌う彼が左側を使わずに一番になると聞いてそれでいいと思った。左側を使わないことによるデメリットに気付いた時は、彼と相対する時はそこをつこうと思った。むしろチャンスだとさえ思った。

彼と勝負がしたかった。

ーーどうして?

勝って認めてほしかった

ーーどうして?

もう一度私を見てほしかった

ーーどうして?

あの日のことを謝りたかった。やり直したかった

ーーどうして?

すごく後悔をしているから。守ると、離さないと決めていたのに。私を救ってくれたように、今度は私がと。

ーーだって、焦凍くんがいなくなったら私一人になってしまう

「......あは」

胸に次々と湧き上がる疑問の答えはひどく滑稽だった。乾いた笑いが漏れる。
全部、全部自分のためだ。今度は私がなんだって?守りたい、救いたい?救うって誰を?焦凍くんを?ーー違う、自分でしょう?
やっと気付いた自分の本性が汚くて、自分のやってきたことが道化以外の何者でもなくて、抑えきれない気持ちがパタパタと膝を濡らす。


「ーー力石さん?」

どうして、どうして君なんだ。彼でもなく、どうして君が見つけてしまう。近づいてくる気配に逃げたくなるが、そんな気力も湧いてこない。
前髪の隙間から覗くと全身を包帯に巻かれた緑谷くんが立っていた。大方救護室からの帰りであろう。固定された右腕は言わずもがな先の試合の代償だろう。声をかけてきたのにも関わらず、何も発しない緑谷くんに少し苛立ちが生まれる。用がないなら速く去ってほしい、と思うのに自分の意志とは別に言葉から口から出た。

「試合、おめでとう」
「え、あ、ありがとう。力石さんも次試合だよね?」
「うん。...でも、辞退しようかなあって」
「え!?」

どうしてさっき勝ってしまったんだろう。負けてしまえばよかった。それならこんな惨めな気持ちにもならずに済んだかもしれない。そうだよ、辞退してしまおう。彼と会いたくない。こんな汚い自分を見られたくない。

「な、なんで!?せっかくここまで来たのに」
「いいじゃない。別に出場の有無は私の自由でしょ?」
「そう、だけど!でも皆全力でここまでやって「緑谷くんはさ」

「緑谷くんは、すごいよね」
「焦凍くんが左側使うなんて思わなかった。あれ緑谷くんが引き出したんでしょ?さすが宣戦布告されるだけあるっていうか!」
「そんなになるまで自分を犠牲にしてさ、もうなんていうかヒーローって感じ?さすがヒーロー志望だよね!」

止まれ、止まれ。壊れたおもちゃのように私の口からは音が勝手に出ていく。
そうだよ、緑谷くんヒーローみたいだった。きっと焦凍くんは正面からぶつかられて嬉しかったんじゃないかな。そうじゃなきゃあんな表情浮かべない。その身で全身をかけて、緑谷くんは焦凍くんを救ったんだ。意図は知らないがそれは事実だ。

「緑谷くんは、すごいなあ」
「っそんな!!思ってもないようなことそんな顔で言うなよ!!!」

緑谷くんの怒号にようやく私の口は止まった。思ってもないようなこと?何言ってるの、思ってるよ。緑谷くんはすごい。私の長年の思いを全部壊して。彼に必要だったのは彼に守ってもらうような存在じゃなくて、隣で肩を並べられる存在だ。それは、私じゃない。
もういい、と拒絶されたあの日に全て置いてきてしまえばよかったんだ。それなのに私は自欲のためにいつまでも彼に縋って。
幼い時の幸せな記憶を何度も思い出して、そしてまたあの日に戻るんだ。何回この思考を繰り返せばいい。何度惨めな思いをすれば気が済むのか。
さっきの試合、負けてしまえばいいなんて嘘だ。揺れる思考の中で、雑なのは認めるが勝ち筋を考えて戦った。これに勝てば、次が彼だったからだ。彼への気持を何度繰り返しても学習しない。もうこれは執念以外の何物でもない。

「轟くんと力石さんの間に何があったかなんて僕には全然分からないけど...まだ短い間だけど僕の知ってる力石さんはここで逃げるような人じゃ、ないと思う」
「切島くんと尾白くんも言ってたよ。見かけによらず熱いやつだって、今日に向けて全力で頑張ってたって」
「力石さんの身のこなし、一朝一夕で身につくじゃないだろ?努力してきた証だ。そんな、そんなすごい君が辞退するなんて言うなよ!」

すごい?誰が、私が?緑谷くんはさっきの戦いで頭がおかしくなってしまったんだろうか。呆然としながら緑谷くんの言葉を噛み砕く。
つまりなんだ、緑谷くんの中で私は逃げない人間ですごいやつ?だめだ、ただ繰り返しているだけでまったく理解ができない。

「...買い被りすぎだよ」

あの日逃げたから今日がある。...でも、私のやってきたことは間違いじゃないのだろうか。焦凍くんを守りたいと、でも個性を使うのは怖くて。この手で守れるようにと習い出した格闘技は私の努力の証だ。
たしかに不純な気持ちから始まったものかもしれない。でもここまで続けてきたのは自分の意思だ。一度は引っ込んだ涙がまたじわじわと瞼を熱くする。

「やっぱり、...君の方がすごいよ緑谷くん」

また彼から、自分から逃げるところだった。踏み止まれたのは君のお節介のおかげだ。
ありがとう。君はどこまでもヒーローで、すごいやつだ。
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