君の神様になりたい

□雑草
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「雄英体育祭が迫ってる」

包帯越しに宣言する相澤先生にクラスが沸き立った。俺の安否はどうでもいいと先生はいうが、見た目が気になって仕方がない。しかも粉砕骨折は例の敵の個性によるものだ。ただの骨折とは違い、粉砕骨折はリカバリーガールの力を持ってしても治癒に時間がかかるだろう。
治すのには時間がかかるのに、壊すのは簡単だ。膝の上に置いた手をぎゅっと握る。
いやだな、最近思考が嫌な方向にいってしまう。

「時間は有限。プロに見込まれればその場で将来が拓けるわけだ。」
「年に一回...計三回だけのチャンス。ヒーロー志すなら絶対に外せないイベントだ!」

昼休みになり、盛り上がる皆をよそに一人教室を出る。下駄箱を出て向かう先は花壇だった。校舎の裏側にひっそりとあるその場所は一人になりたい時にはピッタリだった。近くの物置から如雨露を取り出す。入学してからこの場所を見つけた時は喜んだものだ。
サァとしめる土と独特の花の匂いに心が落ち着く。いつからかも分からないほどこうして花に水をあげるのは昔からの習慣だ。
小さい時は個性のせいもあって、何かに触れることが怖くなってしまった私は焦凍くんがいない時はいつも花壇を見ていた。

「咲未ちゃんお花好きなの?」
「うん、大好き!私の髪ね、しょうとくんがこのお花にそっくりって!」

他の子と遊ばない私を心配し声をかけてきた幼稚園の先生に笑顔で頷く。やや赤みを含んだ薄い紫色の髪色は私の自慢である。

「咲未ちゃんはほんとに焦凍くんが好きねえ」
「うん、大好き!」
「そうだ!このお花に水をあげてみない?」
「お水、、、?」
「そう!毎日お水をあげてね。きっと次の季節にはお花が咲くわ」

先生に促されて始まったそれは思いのほか楽しくて、実際に蕾が開いた時はすごく喜び焦凍くんに自慢した思い出だ。それから習慣となったこの行為はいつしか私の心の安定剤となっていった。壊すことしかできないジレンマの中で命を育む行為はとても私を安心させた。
校舎の裏側に咲くこの花たちは皆の目に止まることはないのだろう。綺麗に咲いても誰にも見られることもなく朽ちていく。

私と一緒だ。

いても、いなくても変わらない。あなたにとっては色鮮やかに咲く花もそこらの雑草も大差ないのだろう。彼の瞳の奥にある灼熱の炎に燃やされてしまう。



▲▲▲


放課後ーー

「何ごとだあ!!?」

帰り支度をしていると扉を塞ぐように1-A教室の前に人盛りができていた。敵情視察なのか好奇心なのかこちらを見る人の群衆に正直良い気持ちにはなれない。爆豪くんの高圧的な発言によって、その視線は鋭くなる。

「普通科とか他の科ってヒーロー科落ちたやつ入ったってやつけっこういるんだ。知ってた?」
「体育祭のリザルトによっちゃヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆もまた然りらしいよ......」
「敵情視察?少なくとも俺は、調子のってっと足元ごっそり掬っちゃうぞっつーー宣戦布告しに来たつもり」

大胆不敵ともとれる発言。そうか、そうだよね。ヒーローを志すなら外せないイベント、雄英体育祭。ヒーロー科でなくても、ヒーローを志す人がいて当たり前だ。みんな夢に向かって頑張っている。それなのに私は迷ってばかりだ。目の前にいる普通科の彼の方がよっぽど努力している。気持ちで、負けている。

「関係ねえよ......」

傾く思考を静かな声が止めた。

「上に上がりゃ関係ねえ」

シンプルな言葉に迷いなんてなかった。いや爆豪くんが迷っている姿なんて想像できない。
粗暴な態度に裏付けられた彼の実力は本物だ。前しか見ていない彼の言動は単純明快で、だからこそ胸に響いた。
ーーそうだよね。やることなんて一つだ。

「尾白くん!」
「え、な、なに?力石さん!」
「ちょっと付き合ってほしい!」
「え!?!?」

帰宅準備をしていた尾白くんに声をかける。この前の襲撃で見た彼の戦闘スタイルは近距離中距離タイプ。武術が趣味という彼の動きは参考になるものが多かった。
そして体育祭までにできることといえば訓練。格闘技を駆使して戦う私に必要なものは相手。

「練習相手になってほしいの!」
「え、」
「尾白くん趣味武術って言ってたでしょ?お互い近距離タイプだし良い練習になるかなって!」
「お、なんだなんだ!特訓か!?熱いな!よければ俺もいれてくれ!」
「切島くん!ぜひ!」
「あ、ああ...なるほど...うん。俺もよかったら」

まさか切島くんが参加してくれるとは嬉しい誤算だ。燃えるぜ!!とポーズを決める切島くんを横目に、涼やかな顔で教室を出る彼を見る。

「力石さんって轟と知り合いなの?」
「あ、俺もそれずっと思ってた!なんかバスの時も変な感じだったしな!」

私の視線に気付いた二人から質問されるが、なんといったらいいのだろう。たしかに幼少の頃の知り合いだが、幼馴染とも違うような気もする。

「ずっと前、小さい時に遊んでた...友達かな...」
「小さい時?なんか引っ越しとかで会わなくなったのか?」
「いや小学校中学校は一緒だったんだけど...」

なんなら家は近所である。でもそれだけだ、爆豪くんと緑谷くんみたいな腐れ縁のような関係とは違う。私が一方的に追いかけているだけ。言葉にすると希薄な関係で、もはや今は友達とも呼べない。

「あー......なんか喧嘩でもしたのか?仲直りできるといいな!」

特訓しにいこーぜ!と言いにくそうにしている私を察し、笑顔で話題を変えてくれた切島くんは良いやつだ。有難く乗っからせてもらう。

喧嘩、ならどれだけよかっただろう。
あの日から私は彼にとってその他大多数の雑草になった。先にあの優しい手を離したのは私だ。触れないように、なかったことにしようとするのが彼にとっての優しさだったのかもしれない。

『······お前には、関係ないだろ』

そう、かもしれないね。
でも無理だよ。あの日々を、あの日を忘れることなんてできない。
毎日水をあげて育っていく植物を見ると心に熱が戻るんだ。雨や風に吹かれても折れないそのしつこいまでの生命力は私に似ていて。

「ーー私、負けないから」
「お、なんだ!?俺も負けねえぞ!!」

拳をこちらに向ける切島くんに笑いながら拳を突き合わせる。

負けないよ。
あなたにだけは、過去の自分だけには負けたくない。
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