小説

□落ちるる滴は何ゆえに
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ぱたりぱたりと哀しくもないのにこの頬を滴は伝うのだ。

其れを見たあの人は微笑む。其れを見据えて艶やかな笑みを綻ばせ僕に告げるのだ。


「ありがとう君だけだね。こんな私のために泣いてくれたのは」


嬉しそうに僕に手を伸ばす。だけれどその手は僕を掴むことはできない。

だってこの人はもう死んでいるから。生きているものに触れることはできないから。

独り現し世を彷徨うこの人を僕は哀れに思っていた。

だからだろうか?この人のために泣けたことがこんなにも嬉しいのは。


「名前を教えてください。どうか教えて」


その言の葉にあの人は口に指をあてた。其れは秘密の合図。

今を生きる僕を死者に留めないための優しい気遣い。

でもこんどはわかる。ぽたりと涙が零れたわけが僕にもわかるのだ。

あの人が生きていたなら傍にいたかった。その想いが哀しくてこれは零れるのだ。

そして朝日は昇る。あの人は煌めくようにして光に溶けた。

僕は泣き笑いででも笑った。もう一度出会えることを信じて。

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