暗黙

□暗黙:6
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暗黙:6
太陽の祝福


湿度も気温も最高潮の八月。
じりじりと照りつける太陽が目に痛い。
一歩外へ踏み出せば、太陽の灼熱に焼かれたそこは、まるで世に言う地獄さながら。
そう考えれば、地獄の業火に焼かれる季節に生まれたのすら、今の俺にはおあつらえ向きだと思えた。

「似合わないわ」

面と向かって言われた。

「晋助が夏男だなんて‥‥夏に失礼よ」

いや、俺に失礼だろ。

何故似合わないのかと問えば、答えは単純で。

「熱さに弱そうだからよ」

と、怒気を含んだ声でぴしゃりと一蹴された。
明らかに機嫌の悪い彼女を眺めながら、今日の出来事を思い出していた。
遡ること、数分前。
目の前に座る彼女が、白い布で塞がれた瞳をこちらに向けて訊ねてきた。

「そういえば、晋助」

「あァ?」

「晋助の誕生日は何時なのかしら?」

「‥‥‥あァ?」

何を聞いたのか、一瞬理解できなかった。

「‥‥オメェ‥‥そんなこと聞いてどォすんだァ‥‥?」

そう聞くと、彼女の瞳を覆う白い布がぴくぴくと二回ほど大きく動いた。
恐らく、あの白い布の下で瞬きをしたのだろう。

「何故って‥‥‥お祝いしたいからに決まっているじゃない」

祝う?
俺の誕生日を?

やはり、意味が分からなかった。
いや、理解はしているのだ。
彼女が俺の誕生日を祝おうとしてくれているということは。
しかし、分からないのは‥‥

「何故‥‥俺の?」

彼女から見ればただの同居人の、いや、へたをすればただの生活共同体である俺の誕生日など、彼女に祝う道理があるのだろうか?

「それで晋助、いつなのかしら?」

「‥‥‥八月の‥十日」

瞬間、場の空気がぴしっと氷ついた。

「‥‥‥‥それは‥‥今日よね?」

「‥‥‥今日‥だな‥‥」

「‥‥‥ふうん‥そうなの‥‥」

簡素な部屋に冷気が漂い、心なしか彼女の周りを冷たい風が吹き抜ける。

な、何でだ‥‥

誕生日を教えなかったぐらいで、何故彼女が怒るのかが分からない。
ただ俺は、煙管を片手に堂々と膝を立てて座ることで心の動揺を隠すことしか出来なかった。
極寒の部屋に、冷たい色の紫煙が漂う。
そして先程の会話に至るのだ。

「‥‥‥」

「‥‥‥」

ゴクリ

白い布越しに、彼女が俺をじいっと見つめているのが分かった。
初めて味わう空気に、俺の喉が音を立てて空気を飲み込んだ。
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