暗黙
□暗黙:5
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暗黙:5
弁士でも語れまい
ある昼下がり、綺麗とは言い難い宿屋の一室。
擦れた畳が痛々しくもあり、もの寂しくもある。
そんな部屋で、その瞳を白い布で隠した娘が、ぽつりと呟いた。
「‥‥‥晋助」
「あァ?」
「私、あの映画が見たいわっ」
顔をテレビに向けたままで話す彼女に習い、俺もそちらに顔を向けた。
《となりのペドロ》
‥‥‥嫌過ぎる。
オメェ、俺のキャラを壊しにかかってンのかァ?
「観る‥‥ねェ」
「もちろん、私には見えないけれど‥‥音なら聞けるもの」
最近、彼女について分かったことがある。
彼女は立体物ならば、その瞳を隠した状態でも認識することができるらしい。
しかし、平面、絵やテレビの画面や色など、立体的でないものは認識できないらしいのだ。
「駄目、かしら?」
いや、駄目ではないのだが‥‥
ただ、俺がアニメを観る姿は、ある意味で殺人的だと自分で思うだけで。
分かってほしい、この複雑な大人心を。
高杉が答えを出せず、一瞬だけ黙ってしまった時だった。
「‥‥やっぱりいいわっ」
「‥‥‥あァ?」
彼女の明るい声が、止まってしまった空気を軽やかに動かした。
「レンタルになってから、晋助と部屋でゆっくり観る方が素敵じゃない?」
そう言うと、にっこりと笑ってみせる。
まるで俺を安心させるように微笑む彼女。
俺の心の内の下らない自尊心を優しく包み込むようなその微笑みに、俺は再び余計な言葉を口走ってしまうのだ。
「‥‥‥出掛けるぞ」
「‥‥‥‥え?」
「支度しとけ」
着流しが畳に擦れる音と共に、高杉が立ち上がる。
そんな高杉を顔だけで追いながら、不思議だとでも言いたげなオーラを醸し出す。
「出掛けるって‥‥また、急ね?」
女の子は支度に時間が掛かるのよと、少し拗ねたように唇を歪める彼女に、高杉は言う。
「ほォ‥‥それは女の場合だろォ?」
「なっ、私だって女の子だわっ」
にやりと不敵に笑う高杉に、彼女はたじろぐしかないようだった。