暗黙

□暗黙:9
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暗黙:9
侵食する黒、幸せな黒


きんとするような寒さと、ふわりとするような春の暖かさが交じり合う季節。
赤やピンクやチョコレートに溢れた街を、一人の少女が興味深か気に眺めていた。
もっとも彼女の瞳には、赤やピンクの可愛い色は映らないのだけれど。

「‥‥チョコの日なんてあったかしら?」

あったとしたら、とても素敵だと思うけれど。

鼻を掠める甘い香に、とろけそうになる心を引き締めた。

「あれ?」

そんな甘い街に、倒れている人間を見つけた。
ふわふわな頭。
けれど、自分の見知った人とは少し違う。
彼女の知っているふわふわ頭の彼は、もっとぎりぎりな感じがするから。
そう、ぎりぎりな。
その点、今目の前で倒れているふわふわな彼は、余裕があるような気がした。

「あれぇ?あはは、金時の家はこの辺じゃなかったきにー?」

間の抜けたような陽気な笑い声は、どこか演技がかっているような不自然さ。
困っているのか、そんな状況を楽しんでいるのか、どちらにしろ、不思議な男だった。
しかし、彼女からすれば気になる存在であることは間違えないようで、じいっと男を眺めていた。
まるで異国から来た、白と黒が同居する熊を眺めるように。

「‥‥金時って‥宇治的な、金時かしら?」

思ったことを、ぽつりと零した時だった。

「おんし、金時を知っちょるのか?あはは」

ひょいと横から現われた黒いふわふわ。
どうやら彼女の独り言は彼の耳にも届いたらしかった。
隠す必要もないので、あっさりと白状する。

「宇治金時なら、知っているのだけれど‥‥」

「おおっ、是非案内してくれんかのぉ」

宇治金時で良いのかしら?

とはいえ、彼が良いと言っているのだから良いのだろうと、彼女はにっこりと微笑んだ。

「なら、とっておきのお店を教えてあげるわっ」

「おお」

飛び上がるように大袈裟に喜ぶ黒いふわふわ頭の男に、彼女も弾むような微笑みを向けた。
ひょこひょこと揺れるふわふわ頭を見ていると、何故だか心までふわふわと弾むような気がした。



この寒い季節、テーブルに並ぶ二つの宇治金時。
見るからに寒い。
まるで、残雪の氷山を小さくしたような食物。
けれども、暖かい室内ならばこの食物だっておつである。
寒い日にこそアイスを食べたくなってしまうのが、人間の不思議な性(さが)。

「美味そうじゃのぉ」

「ここの宇治金時はとても美味しいの。銀ちゃんも街一番だって言っていたわっ」

幸せそうにスプーンを口に運ぶ彼女を、男はずれたサングラスの隙間から眺めていた。

「おんしは何でも知っちょるんだのぉー」

あははと笑いながら、スプーンを口に運ぶ。

「わしは坂本辰馬っちゅーんじゃ、おんしの名は?」

「名前‥‥」
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