風姿華伝書

□華伝書7
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〈約二十年前〉


沖田宗(惣)次郎(総司)は

白河藩士、沖田勝次郎の子

として江戸の下屋敷で


生まれ、両親の他に、


二人の姉がおり、上から


ミツ・キンといった。


そして、沖田家としては


漸く授かった男児として


優しい家族の輪のなかで、

暮らしていた宗次郎だった

が、そんな幸せな生活は、

そう長く続かなかった。


大黒柱であった父・勝次郎

が急死してしまったのである。


加えて、嫡子とはいえ、


当時3、4才だっだ


宗次郎が、家督を継げる


はずもなく、沖田家は


大きな危機に直面した。


家を継げないということは

藩からの支給がなくなると

いうことになる。


つまり、藩から禄(米)を


受け取れなくなるということだ。


よって、沖田家の生活は、

貧窮をきわめた。


最初は何とか、自給自足の

暮らしを保っていた家族で

あったが、やはり長くは


保たず、このままの生活


では、家族を養えないと


悟った母は、一番上の姉・

ミツに婿養子をとらせ、


家を継がせた。


そして後に、二番目の姉・

キンも武家へ嫁ぎ、


宗次郎は母とミツ夫妻に、

育てられることとなる。


しかし、生活は一向に回復

せず、ついに宗次郎は9才

という歳で、江戸・試衛館

の門人となり、家を


出ていかざるを、得なくなった。


もちろん、武家である


沖田家の嫡子として、


剣術を学ばせたいという、

家族の思いもあったろう。

だが、実際は、生活の貧困

ゆえに、食い扶持を減らす

ため、江戸に出されたと


いった方が、正しかったかもしれない。


きっと、家族にとっても、

宗次郎にとっても、つらい

選択であったことは間違いない。


しかし、生きていくために

どうしようもない


選択だったのである・・。





〈江戸・試衛館〉


当時。         

江戸・試衛館の天然理心流

道場は、三代目宗家・


近藤周助の代であった。


しかし、周助には子供が


できず、養子をとることになる。


その養子こそが、後の


近藤勇となる、        
 島崎 勝太である・・。

勝太は、まだ十才にも


みたない歳で、試衛館へ


やってきた宗次郎を、弟の

ようにかわいがり、宗次郎

も勝太を「若先生」と呼びしたっていた。


この頃には勝太の親友、


土方歳三も、たびたび道場

を訪れるようになり、


宗次郎をからかっては帰る

といった日々を、過ごしていた・・。






〈そんな、ある日〉


  ガッシャーン!
 

   ドタタッ!!


朝からの稽古が終わり、


門人たちが帰っていく、昼近く。         

突然、試衛館の井戸端に


笑い声が、あふれた。


「はは、そーじしか


できない宗次郎が、また
こけた」


笑っているのは、宗次郎


よりも、三つ年上の吉次


(きちじ)ら、数人。


皆、この試衛館の門人である。


稽古帰り、井戸端で着物を

洗濯していた宗次郎を、


からかい、引っ張り倒したのである。


こけさせられた宗次郎は、

気が弱い性格ゆえか、


必死に涙をこらえるだけで精一杯の様子。


年上の吉次たちにむかって

いくなど、とてもできない。


「涙なんかだしてるぜっ、

弱っちいのー」


その言葉に宗次郎は、


再び、ぐっと涙をこらえる。


実は、家が貧困ゆえに


稽古代がはらえないので、

正式な門人とはなれず、


住み込みで働いているのだ。


洗濯していたのは、その


ためであった。


「お前なんかが、本当に


武士の子かよ?こんな


弱っちいのにっ」


吉次が、宗次郎を再び


ドンッと、おす。


入門した頃から、度々


見せる宗次郎の剣才は、


目をみはるものがあり、


それ故、にくたらしく思う

気持ちが、吉次たちには


少なからず、あるのだろう。


・・・と、その時だった。

「おいっ!!お前らっ!」

庭先から、歳三の怒鳴り


声が響いたのは。


「げっ、土方だ!はよ逃げなっ!!」


その声を聞いて、一目散に

かけだす、吉次たち。


「吉次!今度、宗次郎に


何かしやがったら、承知しねぇぞっ!!」


「やれるもんなら、やってみい。


なんも、できんくせに!」

へんっと、高笑いする吉次ら。


「お前らなぁ・・っ。


あんまり俺を、なめんじゃねぇぞっ」


そんな吉次らに、しびれを

きらし、スッと歳三の手が

木刀へのびる。


もちろん、かるく、尻でも

たたいてやろうと、しただけだったが、


その姿を見て、勝太が


びっくりしてかけよってきた。


「何やってんだ、トシ!


子供相手にっ!」


道場から飛び出してきた


勝太は、歳三を必死におさえる。


朝の稽古を終え、何やら


外が騒がしいと来てみれば

歳三が木刀を持ち、


子供たちを追い掛け回して

いたのに、おどろき、かけつけたのだ。


「また、吉次たちにやられたのか?宗次郎?」


勝太は、自分の袖に


くっついて泣く、宗次郎に問う。


「あぁ。吉次のやろうだ。

まったく、三つも上のくせ

しやがって大人げないぜ」

歳三が、宗次郎の代わりに答える。


「夜な夜な、女のところへ

通う、お前の言えること


じゃないぞ、トシッ」
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