風姿華伝書

□華伝書98
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一・・・<何が>・・・・一

先生の胸の内に巣食う


この疑問の答えや否や・・。





一・・・その頃。


祇園・お救い小屋


(とある寺の境内)の中庭にて。


先生からの情報を頼りに


火の手を避けつつ


祇園の救護所へと向かった

女将は、逃げ惑う人々の


波を乗り越え、やっとの


ことでみつを何とか捜し当てていた。


丁度、怪我人の火傷の


手当てのため中庭に設け


られた井戸へ水汲みに


足を延ばしていたみつは


やっとのことで辿り着いた

女将の姿を見るなり、瞳に

涙を浮かべ、


「御師匠っ!御師匠っ!」

と、声を上げた。


一・・・しかし。


互いに飛び付かんばかりに

再会を喜び合ったのも


束の間。


まだ、日も明けぬ深夜の


ひんやりと肌寒い中・・・

「・・・さっき、藤吉はん

に会うたんぇ」


件の話を切り出したのは


女将の方であった。


ピクッと、瞬時にみつの


肩へ力が入る。


「火の手が上がったゆう


ことを聞いて逃げよう思た

時一・・・。急に、


夕月の居場所教えろ


ゆうて姿現して、夕月の


居場所教えろいわれて・・。


いややゆうたら、本当に


斬られそうになって・・・

沖田はんが来てくだはらん

かったらどないなってたか」


「一・・・沖田先生が」


ふと、みつの口元から先生

の名が漏れた。


しかし、その瞳は遠く


雲に隠れた月さえ見えない

夜空の中をさ迷っている。

風が、灰となった祇園の


姿を静かに運んだ。


「一・・・逃げるんや」


その言葉に、みつは


ゆっくりと女将の煤汚れた

顔へ瞳を移す。


そして、自身も怪我人の


血や煤ですっかり黒く


色づいた顔をフッと綻ばせた。


そんなみつに、女将は手を

とり、真剣に語りかける。

「一・・・ええか。もう


二度と<あの男>と関わらん

ためにも、今は逃げるんや。


沖田はんには、しばらくの

間、会われへんとゆうて


おくさかいに、な、早よぅ

早よぅ、この京を出るんやで。


後生やから、夕月・・っ」

「・・・御師匠・・・・」

みつは、そう呟きながら


涙ながらに何度も何度も


手をさすり逃げるよう


説得する女将に、胸が


潰されるような思いであった。


理屈は一・・・・わかる。

つまりは、もう二度と


藤吉(吉次)と会わぬため


しばらくの間、身を隠せと

そう、女将は言いたいのである。


すべては、みつの身を


案ずるが故の言葉・・・。

それは一・・・わかる。


わかっていた。


(一・・・でも・・・・・)

一・・・話してやって一


先日のミツさんの言葉が


ふと、みつの頭をよぎる。

一・・・それに<答え>を


導きだすのは・・・・・一

    沖田先生


「一・・・御師匠、私は


行けません」


「なっ、何言って一・・」

一・・・私は、もう・・一

「隠したくない・・・・・

・・・逃げたくないんです。


己の犯した罪からもそして

・・・現実からも・・・」

一・・・逃ゲタクナイ一


「・・・ですから、私は


沖田先生に一・・・すべて

のことをお話する。


そう・・・決めたのです」

「そ、そやかて、その話を

聞いて何とも思わへん


男はんなんておるはずないえ。


それが例え、いつもお優し

沖田はんでもや。きっと」

みつは知らず知らずの内、

微笑んでいた。


それは、絶望ではなく


決意の笑顔一・・・・・。

挿し絵です。


「一・・・御手打ちに合う

覚悟ならとうにできております。


それに、もし斬られたと


しても、一度は惚れた


御方の刄一・・・・・・。

きっと、笑って往ける。


不思議なもので、何やら


そう想えるのです」
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