風姿華伝書

□華伝書68
2ページ/8ページ


一今度、あいつを一・・一

美月の厳しい目付きに  

先生はしばらくの間、  

何も返答できなかった。


ただ、その眼からは美月の

先生に対する、強い意志が

感じられた。


敵視にも近い、鋭いものである。


「あ・・・の一・・・」


先生はその鋭い眼に   

耐え切れず、口を開いた。

「い、一体それは・・・。

その、どういう一・・」

強い意志は感じ取れても 

その言葉の意味までは  

瞬時に理解できなかったらしい。 


まったく、鈍いというか 

何というかである・・

先生の、この切り返しに、 

今度困ったのは、美月の 

方。


あれだけ、正面きって  

話したのに、先生はよく 

わかっていないのである。

一気に、立場は逆転して 

美月は顔を赤くし、   

怒ったように軽く叫んだ。

「一・・・・・っ。


わからないなら、もういいっ。


治療は終わったんだ、


帰ってくれっ」


「え・・・でも一・・・」

「早くっ!!」


「・・・・・?では、


ありがとうございました。

失礼します」


悔しいような恥ずかしい 

ような思いに苛まれた  

美月に追い出されるように

先生はトボトボと、長本邸

を後にしていった。


「一・・・・・」


その間。


屯所へと歩みを進めた  

先生の顔は木枯らしに  

もまれたように、苦々しかった。




〈新選組・屯所〉


「一・・・っ、あ」


闇夜の中、屯所へ向かう 

先生の眼に、うっすらと 

屯所の門が見えたと同時に

その門の中から、フワッと

提灯の明かりが浮かんだ。

「おかえりなさいませ。


あの、美月は何と・・?」

待っていてくれたのだろう。


現われたのは、明々と  

燃えた提灯を持つ、みつ。

先生が見えるなり、走り寄ってきた。


寒空の中待っていてくれた

みつへ、いつも通り、礼を

言おうとした先生。


と、そこへ・・・。


一今度、あいつを・・・一

先程の美月の言葉が、ふと

頭を駆け抜けた。


あれは一・・・・・。


(・・・・・あれは・・。

美月さんは一・・・)


知らず知らずの内、先生の

顔が暗くなってゆく。


「・・・・・先生?


もしや、何か悪い所でも」

何も知らないみつは、


不安げに先生を見つめる。

「一・・・っ、いいえ。


傷は大したことなくて


ちゃんと薬も、もらいましたし」


「そうですか!よかった」

ほろりと、みつに笑顔が零れる。


その笑顔が、何だか   

くすぐったくなり、先生は

早足で、屯所内へ入っていった。


「先生っ、夕食は・・・」

みつはびっくりして、  

呼び止めようとするが、


「一・・・いりません」


と、つっぱねられてしまった。


一瞬、怒りも覚えた   

みつだったが、その思いは

即座に、逆転していった。

「一・・・・・あっ!」

(もしや、先生。今日、


私が、煮付けの味付けした

のを知ってて一・・・)

まったく、おめでたいやつである。


(・・・・・今日のは、


うまくいったと思ったのになぁ)


当然、優がこっそりと  

味付けを調節していたこと

を、みつは知る由もない。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ