風姿華伝書

□華伝書66
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〈昼〉


「一・・・失礼致します」

「一・・・どうぞ」


ふいに、障子戸が開かれた

かと思うと、姿を見せた 

のは、お盆に薬湯と


茶菓子を乗せた、みつ。


「やぁ、みつさんじゃないか。


何だか、久しぶりな気が


するなぁ」


「か、風邪をこじらせまして


しばしの間、療養を・・。

すみません、何の言葉も


なく、姿を消してしまって」


と、みつは咄嗟に傷の療養

を風邪と偽った。


もちろん、嘘などつきたく

ない。


しかし、斬られた時の傷が

悪化して倒れたので・・と

本当のことを話し、ただで

さえ忙しい局長方に心配を

かけたくなかった。


「そうだったのか、もう


動いたりして、平気なのかい?」


すると、局長はまるで


我が子が風邪にかかった 

かのような顔つきで、  

みつへ問い掛けた。


「あっ、もう大丈夫です。

そんなに重くもなく、


お医者にもいったので」


心配をかけまいと言った 

ことなのに、逆に局長へ 

心配をかけてしまった  

ようで、みつは慌てつつも

微笑んだ。


そして、局長が向かって 

いる小机に眼をむけ、  

腰をおろした。


「あの、出すぎたことを


申しますが、それは


もしや、写経ですか?」


写経とは、お経などの本を

別の本へ書き写すことである。


ただの、単純な作業に


みえるのだが一・・・。


「あぁ、見つかってしまったか。


一・・・武士たるもの、


常に平常心で物事に


向かえるように、始めて


みたのだが・・・・・。


やはり、新選組の局長が


写経とは、おかしいもの


だろうか」


「っ、いいえっ、


そんなこと一・・・っ。


新選組の局長として


できることを確実に


こなしていらっしゃる


ことに感服しておりました。


皆さん方が、局長を慕って

いらっしゃるわけは、


こういうことだったのですね」


素直で正直で、優しくて


それでいて、誰よりも 


本物の武士であろうと


常に、求め続けている。


皆、そういった近藤局長の

人柄に惚れ、ここまで共に

日々を過ごしているのだろう。


みつは、そんな局長に  

改めて、尊敬の意を持った。


しかし、こういった人物 

にも、一つだけ弱点がある。


それは一・・・。


「・・・・・しかし、


いくら平常心を培うため


とはいえ、あまり、無理を

なさらないでください。


一・・・奥様から、薬湯を

預かっておりますので、


どうぞ、これを一・・・」

「・・・すまない。


ありがとう」


そう、ただ一つある弱点 

とは、あまりにも根気を 

こめて物事に従事するため

身体が悲鳴をあげている 

ことに気付かない、ということだ。


実際、近藤局長は神経性の

胃炎を患い、


幕府御典医・松本良順先生

の治療を受けていた。
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