風姿華伝書

□華伝書65
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〈同刻・長本家〉

「みつ、入るぞ・・・」


同刻。


美月は、夕食を抱え、  

みつの部屋を訪れていた。

スッと障子戸を開く。


すると、そこには行灯の 

柔らかな光りの中、


身を起こして、静かに  

両手を合わせる、みつの 

姿があった。


「・・・みつ・・?」


「え、あっ、美月・・っ」

どうやら、先程の声は  

みつの耳に入らなかった 

らしく、再度の呼び掛けに

みつはようやく、美月の 

姿に気が付いた。


「一・・・・・」


まだ、熱が高いのか   

恥ずかしさからか、みつは

やや頬を朱に染め、うつむく。


そんな様子に、美月は  

何かを悟ると、口を開いた。


「一・・・こないやつの


心配したって、仕方ない


だろう」


「一・・・・・っ。


そんなこと、ありません。

姿を見せないということは

先生が、隊務に励んで


いらっしゃる証です。


だから、別に、仕方ない


だなんて思いませんっ」


「一・・・・・」


(・・やはりな・・・)


と、口にこそしなかったが

美月は、思っていた。


近ごろ、ようやく身を  

起こせるようになったと 

同時に、みつは部屋で一人

手を合わせることが多く 

なっていた。


しかも、この口ぶりから 

して、自分のことではなく

〈沖田先生〉のことを  

祈っているらしい。


「一・・・お側にいれば、

いつだって身代わりに


なれます。でも一・・・


こうして、ここにいる間は

そうもいかないから・・」

故に、いつも願っているのだろう。


一・・・先生が、ご無事で

いらっしゃいますように一

毎日、毎日、祈って・・。

体が動く限り、何度でも。

「まぁ、いいが・・・。


もう、ここに戻ってくる


ようなことだけは、


してくれるなよ」


美月は、みつの横に座り、

薬の調合をしつつ、口を開いた。


「一・・・・・はい」


みつは、恥ずかしさに  

耐え切れず、再び、顔を染めた。


そして、自身の身を   

落ち着かせ、


「一・・・・・美月」


と、つぶやいた。


「あぁ?何だ一・・・?」

美月は、予程重要な作業 

なのか、薬を調合する手 

から眼を離さない。


みつは、その姿に少々  

戸惑ったが、布団の端を 

キュッと握り、意を決して

話しはじめた。


「一・・・・・あの、


その、まだ早いとは


思ったんだけど、私、


明日、屯所に戻るね・・」

美月の手が、ピタリと止まる。


「・・・戻るって、お前。

自分の体のことも、


わからねぇのかっ。


傷はまだ、完治してねぇ


眼も見えねぇ、


そんなやつがあそこに


戻って、一体何ができる


っていうんだっ」


「一・・・・・っ、でも、

それでも、私は一・・・、

戻りた一・・・・・っ」


と、突然。


みつの言葉が、止まる。


いや、言えなかった、  

    何も一・・・。


言葉を返そうとした瞬間、

気付いた時には、みつは 

美月の腕の中一・・・。


「みっ一・・・」


ようやく、口を開けても 

何をどう言ってよいやら 

全く思いつかない、みつ。

ただ、何の音もない静けさ

の中、心の臓の音だけが、

みつの耳に届いていた。


「一・・・ここに


いてくれ一・・・・・」


「一・・・・・っ」


行灯の火が、


また、揺れる一・・・。
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