風姿華伝書

□華伝書64
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〈松田屋〉


沖田先生が、長本邸を出る

少し前、島原・松田屋で 

宴会中の三人トリオの一人

藤堂さんは、まだ遊女  

としての仕事に慣れない 

〈椿〉と、別室で話をしていた。


別室とはいえ、すぐ近くに

永倉さんや原田さんが宴会

をしているため、騒ぎ声が

絶えず、聞こえてくる。


しかし、そんな声すら  

耳に入らない程、二人は 

お互いの話に熱中していた。


「ほな、藤堂はんは、


津藩の出なんどすか?」


すっかり、藤堂さんと  

打ち解けた様子の椿が  

杯に酒を注ぎつつ、問い掛ける。


「ん一・・・・・まぁね。

後に、江戸へ出てきて


〈玄武館〉に入門、


北辰一刀流を学んで、


〈試衛館〉に一・・・」


「〈試衛館〉一・・・?」

椿が、首をかしげる。


〈玄武館〉の名は何となく

聞いたことがあったが、 

〈試衛館〉という名を  

聞いたことがなかったのだ。


当時。


北辰一刀流・玄武館は


江戸の大道場の一つに  

数えられた程の名道場であった。


同門には、坂本龍馬などの  

幕末に活躍した名も多い。

一方、〈試衛館〉は   

近藤局長らが新選組を作り

京で名を上げるまで、  

無名に近かった道場。


椿が、知らないのも無理ない。


しかし、竹刀剣術の型に 

はまらず、常に実践を考慮

した剣法は、幕末において

最強ともいえる力を発揮した。


「あっ、いいんだ。


知らなくても一・・・」


「そんなっ。続き、


話さはって」


椿は、どうやら藤堂さんが

言いかけた試衛館話が  

気になるらしい。


困り果てる藤堂さんに、 

グッと近寄ってきた。


何の悪びれたもののない、

素直で真っすぐな瞳が  

じっと、藤堂さんを見つめる。


一・・・困ったな・・・一

新選組の者だと、


悟られたくない一・・・。

と、その想いで、


頭は一杯一杯になっていた。


もし、このまま試衛館話を

続け、自分が新選組の者 

であることがわかれば、 

きっと、恐がらせてしまうだろう。


それ程、新選組の名が京の

人々に恐れられている


ことを、藤堂さんは存じていた。


故に、話を切り返して


「俺の話はいいから、


君の話を聞かせてよ。


どうして、島原に・・・」

と、問い返した。


すると、椿は表情を一変 

させて、


「一・・・お金のため以外

何で女子が、身売りなんか

しますやろ・・・」


とつぶやき、顔を背けてしまった。


「一・・・・・っ、あ、


ごめんね。そんな話、


したいわけないのに」

聞いてから、事の不具合に

気付いた藤堂さんは、  

慌てて、謝る。


しかし、椿は顔を上げ、


口を開いた。


「父は、私が生まれる前に

病で亡くならさはって、


その後は、母と兄弟で


力を合わせて、何とか


暮らしてたんどす。けど、

数年前に、母が病に倒れて

からは、どうやっても


暮らしていけなくなって、

それで一・・・・・」


「一・・・・・それで


〈江戸〉から島原へ


来たんだね」


「一・・・・・えっ」


予想外の言葉に、椿の口が

とまる。


椿が一言も言っていない 

〈江戸〉という言葉を  

藤堂さんは、何の音沙汰も

なく、言い当てたからだ。

不思議そうな眼をする椿に

藤堂さんは、笑ってわけを

話した。


「一・・・江戸から


来たんでしょ?その・・・

口調が、変わったから・・

そうじゃないかって、


思ったんだけど・・・」


「一・・・・・っ。


し、失礼しますっ」


すると、急に、


立ち上がったかと思うと 

椿は、何を感じたのか  

その部屋を飛び出ていってしまった。


「・・えっ、椿ちゃん?」

慌てる藤堂さんをよそに、

パタンッと襖が閉められる。


(一・・・・あぁ・・)

また、振られてしまった。
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