風姿華伝書

□華伝書64
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「一・・・・・」スッ


先生は、無言のまま軽く 

一礼すると、その眼を  

今一度、みつへ向けた。


その先には、何も知らず 

スーッと、みつが寝息を 

たてている。


その顔は、幼な顔でもなく

苦しみもない、今にも  

微笑んでくれそうなくらい

優しさに、溢れていた。   

そして、意を決し    

先生は、その部屋を去っていった。


パタンッと障子戸が


閉められ、再び、二人の 

間に〈隔たり〉を作ってゆく。


先生は、大刀を腰に差し 

ながら、玄関を抜け   

門に差し掛かった。


と、そこへ一・・・。


「一・・・・・沖田?


どうした、もう帰ぇるのか?


あの娘の意識、まだ戻って

ねぇんだろう?」


「一・・・松本先生」


振り返ったその先に立って

いたのは、松本先生。


坊主頭に手をやりつつ、 

燭台を握っていた。


「一・・・はい。朝稽古の

前までには屯所へ戻れ、と

言われているので・・・」

先生は、フッと微笑む。 

「そうか一・・・。


一・・・・・・美月が、


おめぇさんに何言ったか


知らねぇが、悪い気を


起こさねぇでやってくれ。

一・・・あいつは、親を


浪人共に斬られてんだ。


それ故に、あんたを悪く


言うかもしれねぇが、


それは一・・・・・」


どうやら、先生の様子を 

見て、松本先生は美月が 

何か言ったのだと、   

感付いたらしい。


「一・・・・・」ニコッ


その言葉に、沖田先生は 

何も答えず、深々と頭を 

下げ、そのまま歩みを  

止めることなく、門を  

くぐり、小雪のちらつく中

長本家を、


後にしていった一・・・。
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