風姿華伝書

□華伝書63
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「だ、誰だっ!そこで、


何をしておるっ!」


しばらくの間、先生が  

その場に立ちすくんで  

いると、いつこの騒ぎを 

聞き付けたのか、町奉行所

の面々が、ドタドタと   

駆け付けてきた。


そして、真っ白な雪を  

深紅に染め、立ち尽くす 

先生の姿を見付け、   

声を上げる。


「私は一・・・、


新選組の者です」


と、先生が駆け付けてきた 

奉行所のお役人に


ニコッと微笑む。


その表情に、お役人は  

うろたえつつ、


「うっ、嘘を申すなっ!


ここは、奴らの見回る区域

では一・・・っ」


恐怖に震え、叫んだ。


「一・・・本当ですよ。


何なら、試してみますか?

私が、新選組の沖田か


どうか一・・・」


「一・・・なっ!?」

その名に、お役人達が  

ざわつき始める。


新選組で沖田と言えば、 

池田屋で、多くの志士達を

斬った鬼ではないか・・と。


先生としては、斬り合う気

など毛頭なく、ただ少し 

言ってみただけだったの 

だが、本気にしたお役人達

は、その恐ろしさ故に  

じっと、黙り込んでしまった。


余りの静けさに、    

まいったな・・・と  

反省しつつ、大刀を 


鞘へ収め、


「その者は、幕府の役人を

斬りつけ、私の忠告にも 

わず、刄を向けたため、


処罰致しました。


後の事は、よろしくお願い

致します・・・」


それだけを言い残し、  

先生は、もときた道を  

再び、戻っていった・・。

その後。


残されたお役人達は   

先生に斬られた男の切口を

見て、思わず唾を


飲み込んでしまった。


切口が、綺麗な一直線を 

描いていたからである。


普通、胸などの着物を  

着ている箇所を刀で斬ると

その着物の繊維が刄に  

絡み付き、斬られた切口は

ズタズタになってしまう。

しかし、この切口は異なっていた。


しっかりと、男の胸部を 

斬っていながら、まるで 

紙を斬るように、一直線に 

なっていたのだ。


これには、今まで幾度と 

なく、こういった現場を 

見てきたお役人達も、  

息を飲む他、なかった。


そして、その中の一人が 

つぶやく。


「・・・鬼や一・・・」
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