風姿華伝書

□華伝書62
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〈同刻〉


同じ島原の、松田屋という

店に、今日初めてお座敷へ

上る、一人の遊女がいた。

まだ、ランク自体も下の 

彼女は、きらびやかな着物

に身を包み、今まで経験 

したことのない白粉をつけ

客のいる部屋の襖の前に 

腰を下ろす。


そして一・・・。


「一・・・失礼します」


意を決し、襖をゆっくりと開いた。


「おーっ、来たか、


新人さんっ。今日はこいつ

の相方になってやって


くれや」


と、いう声と共に、顔を 

上げた彼女は、自分の  

目の前に広がる現実に  

思わず、眼を見張った。


ドンチャン騒ぎのお座敷に

立ちこめる、客や先輩遊女

達の笑い声一・・・。


見るもの、見るもの全てが

新鮮で、いつまで


見ていても、あきない  

ような心地を、感じていた。


しかし、そんな新鮮さは 

このお座敷を、ただ傍観 

できる者だけに許された 

特権のようなものに過ぎない。


すぐに、重い現実へと  

彼女は、引き込まれていった。


相方に一・・と言われた 

男が、近づいてきたのだ。

顔は・・・ニコニコとして

いて、優しそうである。


若い、侍のようであった。

と、そこへ腹踊りをして


いた別の男が、若侍に  

声をかけた。


「よっ、今度こそ、


フラれんなよ、平助っ」

へ、平助っ!?と、   

驚かれた方もおられる  

だろうが、そうなのである。


実は、この遊女が向かった

お座敷とは、


原田さん率いる三人トリオ

達のお座敷だったのだ。


副長の外泊解禁を聞き付け

仕事を終えてから、屯所を

飛び出してきたのだろう。

先程まで、原田さんは  

自慢の古傷で腹踊りをし、

永倉さんはドジョウすくい

平助こと、藤堂さんは  

故郷の歌を歌い、皆   

思い思いに楽しんでいた。

「もーっ、ならないよっ。

原田さんったらっ」


フラれるなよ、との言葉に

藤堂さんは、少々赤くなり

ながらも、苦笑を浮かべた。
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