風姿華伝書

□華伝書17
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「―・・っ、よしっ!

今日も、元気に働くぞっ!」

先生は縁側を、ひょいっと

飛び、庭に立つと、天に

向かって、背伸びをした。
空はめずらしく晴れ、

雲一つない。

そんな中、太陽の輝きは、
一層、ました様に見える。
そして、思った―・・・。


みつさんは、どうしている    
   だろう―・・・?

この空を、

見ているだろうか―・・?


〈一方、みつは・・・〉

ガッシャーンッ!!!
屯所から北へ、数里。

その宿場町に、店を構える
旅館・〈林屋〉―・・・。
先生が空を、見上げ朝日を
眺めていた頃、この林屋

にものすごい音が、

響いていた―・・・。


「―・・・っ」

慌てているのは、やっぱり
まだ鈍臭さが、抜けない

みつ。

先程の大音は、廊下の

水拭き用の桶を、けり倒し
てしまった時のものらしい。

おかげで、今まで

拭いてきた廊下は、水びたし。

「おみつっ!?何どす!?
この汚らしい廊下はっ!?
ここへ来て、もう二ヵ月に
なるかていうのに、まだ

水拭きも、できへんの!?」

「―・・・っ」

すぐに、鬼のような形相を
して、店の女将が

やってきて、みつを怒り

つける。

みつは、女将にどやされ

ながらも、必死に頭を下げた。

「―・・・っ!」

バシッ!!

そして、

ついには、みつの頬に、

平手が飛び、みつは廊下に
すっころぶ。

声が、でない―・・・。

このことが、女将の機嫌を
そこねる要因の一つのようだ。

転んでも尚、頭を下げ

続ける、みつに、

「まったく、あの人も

物好きどすっ。

壬生狼から、こんな

娘預かってきてっ!!」

女将は、そうフンッと一言
投げ付けると、部屋へ

戻っていってしまった。

「―・・・っ」ポツ、ポツ
みつは、廊下で頭を下げた
まま、泣いた。

ここへ来て、早二ヵ月。

みつが、鈍臭いせいか、

女将を始め、他の女中たち
はたまた、この店の主人

からも、さげすまされ、

続ける日々が、続いていた。

やはり、話せないという

ことが、みつに大きく

のしかかっているようだ。
しかし、みつもバカでは

ない。

つらい時、悲しい時は

決まって、先生にもらった
「こうがい」を見て、

楽しかった日々を、

思い出すように、している。

そうでもしないと、とても
耐えきれなかったのだ・・。
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