風姿華伝書

□華伝書9
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〈一方。その頃、みつは〉

「―・・・」


もうすっかり、日も暮れ、

人通りの少なくなった


うす暗い夜道を一人、


トボトボと歩いていた。


寺で提灯を貸してもらって

おけば、よかったのだが、

飛び出す様に寺を後にした

ため、考えるよちもなかった。


ただ、考えるとすれば、


沖田先生のことばかり。


あの後、ちゃんと目覚めた

だろうか?


けがはないだろうか?


そして、もう、鬼には


ならずにいられるのだろうか。


 ドンッ!


「っ、痛!」


「―・・・っ!」


考え事をして、歩いていたからか。


すれ違いざま、人にぶつ


かってしまった。


提灯を持っていなかった


ため、当たり前である。


しかも、そのぶつかった


相手が悪かった。


「痛ってぇ!足ひねっち


まったっ。イテテ・・」


「おい、女!どういうつもりだっ!」


ぶつかった二人のうち、


一人の男が、荒々しく、声をあげる。


みつは、びっくりして頭を下げた。


どう言うつもりも何も、


悪気は無かったからだ。


しかし、ぶつかった二人組

の男たちは、許してくれそうにない。


だいたい、こんなうす暗い

夜道を、供もつけず、女


一人で歩く方が、間違っているのだ。


恐らく男たちは、みつが


一人なのを見て、わざと


よってきたに違いない。


みつが、頭を下げ、謝り


立ち去ろうとすると、


    グイッ!


「ちょい待ちな。ぶつかっ

た相手が、ケガしてんのに

素通りかい。ちゃんと


看病してもらわねぇと、


こっちは気が、はれねぇなぁっ!」


「―・・・っ!」


二人の内、一人の男がそう

いうと、みつの腕をつかみ

グイッと引っ張る。


  逃げなくてはっ!              
そう思ったが、相手は体の大きな男。       

か細い、女の力では、


簡単に、ふりぼとくこともできない。


つかまれた腕を、グイグイ

引っ張られていく、みつ。

どうしようっ!


助けを求め、辺りを見回す

が、闇がひろがっているばかり。


ひとっこ一人、いないのである。


このままでは、自身の身が危ない。


どうしよう、どうしよう

引っ張られるたびに、


みつの不安は、増してゆく。


そして、ふと思った。  

 先生っ、沖田先生っ!!

目が覚めているか、


どうなのかもわからなかっ

たし、第一、寺からだいぶ

離れたこの場に、先生が


来てくれる、はずもなかったが、


今のみつにとって、頼れる

存在は、先生だけだった。

いつも、笑顔で見守って、

くれる、優しい人―・・。
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