風姿華伝書

□華伝書2
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〈昼〉         

そろそろ、夏も終わりに


近づき始めている京の都。

至る所で、木の葉が少し


ずつ、色付いているのが目につく。    


昼時を過ぎたばかりなのて

大通りは、人も多い。    

色鮮やかに着飾った女性


たちや、武士。    


そして、はしゃぐ子供の声

やお客を呼ぶ商人の声。


別に変わったところもない

平凡な京の日常である。


そんな毎日の、当たり前な

風景の中に、先生の姿が
あった―・・。     

副長助勤としての隊務が、

昼からなく、退屈しのぎに

京の街へ、足を運んだのだ。


別に何をしようと


いうわけでもなく、ただ、

フラフラと街を歩んでいた。


そして、ふと気が付くと、         

「・・あれ?この通りは」

何やら見たことがある


通りへ来てしまっていた。

はて、なにでここへきたんだったか―・・・。


先生は首を傾げ、考える。

何だったろう?     

  あれは―・・・。  





「あっ!そうかっ!」 


(確か、間者を油断させる

ために、島原へついて


いった時に、通った・・)

「―・・・」      

その事を思い出したと同時

に、先生は芸者の声を


己が奪ったことを、思い出していた。       

何も言えず、屯所を飛び


出していったあの芸者のことを―・・・。     

あの後、どうしただろうか。         


今思えば、声をだせない身

で、あのまま働くことは、

困難だろう―・・・。


なのに、それがわかって


いながら、放り出して


しまった己は、あまりにも

無情過ぎたのではないか?

先生は立ち止まり、少し


考えた後、再び歩みだした。


(探してみよう―・・)






〈同刻。副長室にて〉  

「土方さーん。剣術指南


手伝ってもらっていい?


俺じゃ、手におえなくて」

障子戸を開き、入ってきた

のは、稽古着姿の藤堂さん。           

お昼からの剣術指南を、


頼みにきたようだった。 

しかし、一方の土方さんば

部屋の端の机に肘をかけ、

背を向けている。    

「・・総司はどうした?


あいつはいつでも、暇だろう?」


振り向かずに、答える。 

「さぁ、それがいないんですよ。


いつも通り、壬生寺で子供

と遊んでるのかと思ったん

ですけど・・」   


「そうか―・・・」   

いつもなら、一人で外出


など滅多にしないはずの先生。          

しかし、今日は何故か、


屯所内に、姿をみることが

できなかった。


藤堂さんは、めずらしい


ことも、あるもんですねと

ほほ笑みながら、あるもの

へ目を向ける。


「あっ、それ―・・」  

土方さんの手の中に、


しっかりと握られていたもの。        


それは、古びた一つの、 

   お守り―・・・。 

さっきから、副長がやけに

淋しそうにうつるのは、


これのせいらしい―・・。

「そういえば、もう


そろそろでしたね。


土方さんの姉上様の、命日」


「あぁ。―・・毎年、この

季節がくると、そのこと


ばかり思い出してならねぇ」


土方さんは、お守りを


いっそう強く、にぎりしめた。


おそらく、姉の形見なのだろう。         

「いいじゃないっすか。


この季節の間くらい、思いだしたって。


うれしかったことや悲し


かったこと。


思い出してあげれば、


姉上様もよろこんで、


くれますよ」


「―・・・フッ。そう、


かもな―・・・」    

土方さんは、フッと微笑む

と、立ち上がり、稽古着に

着替えはじめた。


そして、藤堂さんの持って

いた木刀を取り上げ、  

「隊士どもを集めろっ!


今日は俺が直々に、稽古を

つけてやるっ!ついて来ぃ藤堂っ!」       

「承知っ!!」


二人は勢いよく、道場へ


むかっていった。


その後、道場からは


「鬼一っ」


「うるせぇ、てめぇら、


それでも男かっ!」


と言う声が―・・。
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