風姿華伝書

□華伝書104
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一《罪》と《罰》を・・一

「一・・あなたの瞳は・・

昔、共に若先生のもと刀を

振り回していた頃に比べ


濁っているんです。


あなたは・・・・私利欲の

ために《命》を奪い過ぎた」


座ったまま動かない吉次へ

スッと先生の手が伸びる。

一・・・今のこの人は・・

「一・・・・・・っ。


・・・しょうっ!!!


畜生っ!!!!!」


・・・昔の《私》だ・・。

己の《力》と《欲》に


従い刀を振り回し


そうする内・・・身も心も

《鬼》に喰われて一・・。

最後には一・・・《己》を

保てなくなっていた・・・

昔の・・・私そのものだ。

畜生っ!と握りこぶしを


作り、悔しげに俯く吉次を

見下ろす先生の瞳が細くなる。


一・・・きっと、私も


みつさんに出逢って


・・・・・・いなければ一

一・・・丑の刻近。


過ぎ行く春の夜に・・・・

夜風がそっと吉次の背を


慰めていた一・・・・・。





一・・・後。


「まずは、止血を・・・。

みつさん、手拭い持って


ませんか?」


しばらくの後。


吉次が落ち着いたのを


見計らって先生は、傷の


手当をと、みつへ尋ねた。

「すみません、今は何も。

下へ降りて、何か・・・」

「先生、手拭いなら


俺、持ってますよっ」


生憎、みつは寝間着姿。


当然、その懐には何もなく

話を聞いていた鉄之助が


タタッと歩み寄り、懐から

取り出した手拭いを先生へ手渡した。


「一・・・ありがとう」


先生は振り返り、右手で


手拭いを受け取る。


すると、先程まで俯き


何も話さないままであった

吉次の顔が急に上がり


「一・・・一つ・・・・・

お前に教えておいてやるよ」


と、一言口を開いた。


「・・・・・・・?」


わからぬを顔つきで現した

ような表情になる、先生。

吉次は、フッと力なく


微笑み、話を続けた。


「・・夕月はな・・芸妓を

しながらずっと一・・・・

いつ逢うかもしれねぇ


お前を《待ってた》ぜ」


「一・・・え・・・?」


その一言に、思わず


手拭いを受け取った手が止まる。


「・・・それは一・・・・

一体・・どういう・・・」

『一・・・江戸に・・・』

「っ、藤吉(吉次)さん!」

みつの切羽つまったような

声が、辺りを包み込む。


「一・・・やはりな。


夕月・・・・・・。こいつ

なんだろう?昔、お前が


言ってた《江戸で、


もう一度、逢いたかった》

男というのは一・・・・」

「一・・・・・っ」


『江戸に一・・・・・・


どうしても、もう一度


《逢いたい人》が・・・・

いてはるんどす一・・・』
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