風姿華伝書

□華伝書101
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一・・・早朝。


次の日に日が変わって


僅かに時が過ぎた早朝。


飯炊きの用意をするため


寺の若い坊主達がごそごそ

とやっと寝床から起きて


くるような頃一・・・・。

勿論、寺の一部を借りて


いる新選組の面々もまだ


ほとんど起きだす者もなく

起きたといっても廁へ


向かう者達くらいのものであった。


《春は曙一・・・》と


平安の世に清少納言が


詠んだ枕草子の一節が


頭に浮かんでくるような


暖かで朗らかな春の朝日が

辺りの草木や障子を朝色に

包み込んでいる。


一・・・そんな情景が外に

広がっている中・・・・。

「一・・・っ、・・・・」

沖田先生は一人、自室の


臥床の中で眠りについていた。


しかし、その寝顔はいつか

みつが<幼な顔>と称した


表情には似ても似つかぬ


程に歪んでいる。


おそらく、明け方巡察を


終え、寝付いたため


うまく寝付けぬまま


恐ろしい夢でも見ている


のであろう。


「・・・っ、ぁ・・・・」

しきりに首を左右に振り


漏れる声の先に見える


その《夢》はというと・・。






『っ、どういうことだっ?

これは、一体一・・・っ』

夢の中一・・・・・・・。

先生は真っ暗な闇に広がる

血の海に一人、立ち尽くしていた。


辺りを見回すが、ただ闇が

どこまでも延々と広がる


だけで、その目の前には


『近藤先生!土方さん!


原田さんっ、永倉さんっ


藤堂さんまで一・・・っ。

一体、何がどうなって・・』


血の海の中、倒れ蹲り


まったく微動だにしない


皆の姿が一・・・・・・。

先生は、いきなり現れた


信じがたい情景にわけも


わからぬまま、皆の名を


叫んでは茫然と立ち尽くす

他、何もできなかった。


ただ・・・ただ、どうして

このようなことになった


のかを必死に探し続ける


だけで一・・・・・・・。

一・・・と、その刹那。


ふと、懐かしいような香の

薫りが先生の鼻をくすぐる。


そして、先程まで闇の中


一人であったはずの己の


背に、誰かがもたれてくる

ような感覚を覚えた。


[一・・・なっ・・・・・]

誰だろうと、反射的に後ろ

へ振り返ろうとした先生。

すると、聞こえてきたのは

『一・・・《宗次郎様》』

『一・・・・・っ!!?』

[っ、・・・彩世・・・さ]

幼い頃、江戸試衛館の


女中をしていた<彩世>の声。


彼女は以前も書いたように

試衛館の女中を勤める傍ら

剣術修業に打ち込む先生に

積もりに積もった焦がれた

想いを打ち明けた後・・。

    ザワッ


[一・・・っ、・・・・・]

急に、先生の身が強ばる。

何か・・・何とも言えぬ


<悪寒>が、突然現れた


彩世に抱きつかれた途端、

背から足の先まで石火の


如く、伝わっていったのである。


ドクンドクンと嫌な予感が

早まる脈と共に先生の


全身へ流れていく。


ただの<夢>・・・・それは

わかっていた。


しかし、どうしても拭い


きれなかったのである。


この<後>、己の弱さが


引き起こした、決して


してはならなかった


《所業》のことを・・・。

[<あの時>・・・こうして

想いを伝えてくれた


彩世さんを、私は・・・]

一・・・《私》は・・・一

   ドクンッ!!!


『っ、な一・・・っ!?』

その瞬間。


いきなり、先生の大きな


左手が、その意思に反し


腰に差していた大刀の


鯉口をきった。


驚いた先生は、何とかくい

止めようと力を籠めるが


一旦、意に反し始めた


己の身体はまったく


止まる気配を見せない。


その内、止まれ止まれと


叫ぶ間もなく右手が大刀の

柄へとのび、ついには


《あの時》と同じように


身体を反転させるまでに


至っていった。


    ザザッ!!


真暗な闇の中一・・・・。

主の意に反して抜かれた


大刀が、まるで血を欲して

いるかのように、目の前に

たたずむ、ただ一人の


人間へと向かっていった。

止まれとひたすらに念じる

主を余所に、身体は


なすがままに大刀を振り上げる。


月もない夢路の闇の中、


異様な程に大刀の波紋が


浮かび上がっていく・・。

そこから先は、時が止まり

かけたかのようであった。

ゆっくりと、大刀を


振り上げる先生。


その両手には力が入り


ゆっくりゆっくりと相手へ

振り下ろされていく。


『一・・・・・・っ!』


ふわりと、微かに石鹸の


薫りが漂ったようであった。


[彩世さんじゃないっ!?]

その先に先生が見た者・・

・・・それは一・・・・。

[一・・・・では、もしや

今、私の前にいるのは・・。


一・・・っ、まさか!?]

挿し絵です。


一・・・まさか・・・・一

    斬ッ!!!


春の夢路に、朱が、舞う。




一・・・み・・・・・つ一
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