風姿華伝書

□華伝書95
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一・・・その頃。


(どこいっちゃったんだろ

・・・沖田先生・・・・)

とうとう、日が暮れ始め


縁日の屋台にも灯がともり

始めてくる中を、みつは


人通りから少しはずれた


薄暗い林の大木にもたれ


かかり、ため息を零していた。


先生とはぐれて、一時以上。


ついに元気だけが取り柄の

みつの顔色にも疲れが走り

手足は先生を捜し回って


土埃まみれであった。


みつは再び、言葉もなく


ため息をつくと顔をしかめた。


(暗くなってきたなぁ・・)

日はとうに山の端へ消え、

辺りは刻一刻と墨染色へ


染まっている。


以前のように眼が見えて


いるならまだしも、今の


みつは片方の眼が見えていない。


加えてもう片方も


ほとんど見えていない状態。


このまま先生に出会えな


ければ、帰ることも


ままならないのである。


どうしよう・・・と不安に

なって当たり前であった。

一・・・と、そこへ。


    ジャリッ


「一・・・・・・・・っ」

草鞋が土を踏む音が辺りへ

響いた。


あっと顔をあげる、みつ。

すっかり日が暮れ、


見えにくい眼をこらしつつ

「っ、沖田先生っ?」


と、少し前にたつ、その


人影へ声をかけた。


確証は、ない。


しかし、先生なら声で


わかるはずであったし


違ったならそう言って


くれるだろうと考えて


いたのである。


すると一・・・・・・・。

     スッ


「一・・・・・・っ」


いきなり、返答もなく


みつは手を引かれた。


驚きに先を越され、言葉も

出せぬままみつはタタッと

体勢を崩す。


そして、耳元から聞こえて

きたのは一・・・・・・。

「・・やっと、見付けた。

久方ぶりだな一・・・・・

一・・・《夕月》・・・」

一・・・《ゆ・・づき》一

「一・・・・・っ!!?」

一・・《先生じゃない》一

聞き慣れた沖田先生の声


とは遠くかけ離れた


低く、鈍い、まったく別の

声一・・・・・・・・・。

「っ、放してっ!!私は


そんな名じゃ一・・・っ」

みつは掴まれた手を何とか

解こうと声をあげる。


しかし一・・・・・それは

無理であった。


「何言ってんだよ、夕月だろ?


少し前まで祇園界隈を


三味(三味線)で


ならしてた一・・・・・」

「一・・・・・・っ!!」

その低い声に、僅かながら

聞き覚えがあったのである。


「一・・・あっ・・・・」

みるみる、月夜の明かり


だけでもわかる程に顔を


蒼白く染める、みつ。


手足にも瞬時に小刻みな


震えが起こり、唇も色を


失っていった。


「一・・・あなたは・・」





「一・・っ。みつさん!」

「一・・・・・っ、・・」

「こちらへ来なさい!!」
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