風姿華伝書

□華伝書94
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   ザッザッザッ


「一・・・・・・・」


山南さんの墓参りを済ませ

立ち上がった土方さんの


耳に背後から突然の足音が

届いた。


すぐに振り向きは


しなかったが、他にも


幾つか墓がある中で真直ぐ

こちらへと足音が近づいて

くるのを感じ、ようやく


身を翻した。


「あっ一・・・・・」


と、同時に驚きの声が上がる。


風が流れると共に周りの


木々の小枝で羽を休めて


いた小鳥達が二羽バタバタ

と慌しく飛び立っていった。


スッと振り向いた土方さん

の顔付きが険しくなる。


じっと眼を細くし、軽く


睨み付けるさえ、した。


そしてそのままの顔付きで

「・・・里(島原)帰りか?

・・・・・藤堂・・・・」

と、静かに口を開いた。


えっと、ようやく今まで


口もろとも固まっていた


藤堂さんから言葉が漏れる。


「ひ、土方さんは


どうして<ここへ>・・・」

と、勢い余って尋ねては


みたが


「一・・・・・・・・・」

その時、すでに土方さんは

歩きだしており、何も


答えぬまま、藤堂さんの


横をするりと通りすぎて


いった後であった。


「っ、土方さんっ!!」


何も答えない土方さんに


藤堂さんは思わず、声を


上げる。


藤堂さんにとって、


本当は仲が良いのだと


そう信じていた山南さんを

<切腹>へおいやった<犯人>

は、今も昔も土方さんであった。


故に、どうしても


どう考えても<この場所>に

土方さんがいることが


わからなかったのである。

一・・・しかし。


   ザッザッザッ


背に呼び掛けられた声に


ピクリともせず、土方さん

はただ、前へ前へと歩みを

進めていった。


共に、剣を磨き、剣に


生きた<剣友>のもとから


一歩、一歩ずつ一・・・・

そう、二度と振り返ることなく。


一私のことは忘れてくれ一

死に際、唯一、剣友が己に

請うて頼んだ頼み事の


ために一・・・・・・・。

一・・近藤さんを<頼む>一

とうとう、無言のまま


光縁寺の門を出ていって


しまった土方さんを見送り

ふと、藤堂さんは山南さん

の墓へと眼を移した。


大小様々な他家の墓に


囲まれた小さな小さな


山南総長のお墓一・・・。

そこには一・・・・・・。

「一・・・・・・っ!」


ぶっきらぼうに置かれた


野花が一本と一・・・・・

細々と煙を上げる線香の


束が備え付けられていた。

「これは、副長が・・?」

風になびき、燃え始めの


線香の煙が高々と天へと


のぼっていく。


挿し絵です。


フッと、藤堂さんの顔から

微笑みが零れ落ちた。


「一・・・本当に・・・・

<不器用>な人だなぁ・・」

仄かに、吹き寄せた風に


野花の甘酸っぱい薫りが


香っていた一・・・・・。




・・・・・・一方。


件のこちらはというと・・。


「一・・・先生・・・・。

一体、どちらへ行かれるのですか?」


「ん一・・そうですねぇ。

実は、この間原田さんから

<安総寺裏山>の早咲きの


桜が大変、見事だったって

話を聞いて一・・・・・」

「<聞いて>・・何です?」

「一・・・・・・・っ

ザワッと辺りの木々が風に

騒めきたち、先生の足が止まった。


「それが一・・・・

「ま、まさか一・・・

迷ったんですかっ!?」

気付けば周りは緑黄の


木々生い茂る山ばかり・・。


「・・・すみません

「えぇえーっ!!?」

さて、一体、どうなることやら。
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