風姿華伝書

□華伝書93
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一・・・あいつを・・・・

みつを囲ったのだろう?一

「一・・・っ、・・・・」

先生は突然の言葉に


返答が返せない。


一応、局長以下数名には


己がみつを傍に置くと


話はしたが、美月にまで


公言した覚えはなく


なぜ、そのことを・・・と

ただ必死に漆黒の瞳が


しきりに訴えていた。


しばし、無言の時が静寂の

中庭を駆け抜けてゆく。


「一・・・・・・・・・」

余りに静か故、移転作業に

汗を流す隊士達の声が


遠方から響き渡り二人の


醸し出す、静寂な空気を


色付けていった。


赤色、緋色、桃色、黄色、

実に明るく、そして


希望に満ちた鮮やかさで。

「今日、ここへ来るなり


小耳に挟んだ・・・・・」

「一・・・・・・えっ」


開口一番をきったのは、


美月の方であった。


一・・・が、しかし


もちろん美月にとって


良い話ではない。


微笑みを見せるわけなど


なく、顔を上げた先生を


ギロッとにらみつけた。


背を射ぬかれたかのような

その瞳に先生は思わず


言い掛けた言葉を飲み込んだ。


何と一・・言えばいいのか

まったく言葉が喉より上に

出てこようともしない。


こればっかりは、


先生お得意の刀では


どうしようもなく、


すっかり先生はお手上げ


状態になってしまった。


まさに、まな板の上の


ナントカである。


一・・・・・すると、


そんな先生の内心を察した

のか、美月の足が一歩一歩

動きだした。


そして一・・・・・・・。

「・・・俺は、みつが


あんたの傍らを望むなら


それが、あいつの《幸せ》

なら、別に構わないと


考えてる。一・・・だが、

忘れるなよ、俺が以前、


あんたに言ったことを」


「一・・・・・・っ」


これが最後の忠告と言わん

ばかりに鋭い口を開いた。

一・・・もし、今度また


生死をさ迷う状態に


させてみろ。俺は・・・・

あんたを《殴る》じゃ


済まさないからな一・・一

・・・それは以前、美月が

先生へ語った言葉。


あの時のままなら、今一つ

理解しかねただろうが


今、この美月の言葉は


良い意味で先生の心を


突き抜けていった。


ふと、みつが初めて見せた

あの日の笑顔が頭に浮かぶ。


その微笑みに幾度、助け


られたことかわからない。

と、同時に今まで


知りもしなかった《陽》の

暖かさを知った一・・・。

いくら、身を闇へ沈めよう

とも、パッと瞬時に明るい

光へ誘ってくれる。


一・・・もう・・・・・・

  <宗次郎様・・・>


あの時のように・・・・・

・・・なくしたくない。


だから・・・・・・・・一

「一・・・承知・・・・」

と、横を通りすぎていった

美月へ返答した先生の


眼は殺気とはまた異なった

厳しさに引き締まっていた。
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