風姿華伝書

□華伝書86
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    パサッ


「一・・・・・ん?」


考えこんでいた先生の耳に

何かの擦れたような音が響いた。


見ると、先程まで幼子達が

数え歌混じりについていた

毬がコロコロと己の方へと

転がってくる。


先生が毬を拾うと目の前に

不安げな顔つきをした


女子達がじっとこちらを


見つめていることに気づいた。


まだ、幼子故に何と


言ったらいいものか


わからずにいるのだろう。

「はい、どうぞ一・・・」

先生はニコッと微笑みつつ

手にした毬を女子達へ


差し出した。


すると、安心したのか


女子達もニコッと頬を緩ませ


「おおきに。お兄ちゃん」

と笑って再び、楽しそうに

身を夕陽色に染めながら


家路へ向かい、走って


いってしまった。


その背を見送りつつ、


フゥッと、一息のため息が

漏れる。


(一・・・・・どこに・・)

夕陽はすでに山際へ


消えつつあった。


バシャンッと漁師が河から

上がる音が辺りに響く。


一どこへ行ったのだろう?

・・・今は、何を・・?一

そして、そのまま再び


身を薄暗くなり始めた


草花茂る土手へ埋めようと

した際だった。


    ポンッ


「一・・・・・・っ?」


ふいに、その肩へ手がかかった。


振り向くと一・・・・・。

「まっ、松本先生っ」


「よぅ、沖田じゃねぇか。

いい男がこんなとこで


何やってんだ?島原なら


逆方向だぞ?」


現れたのは、ツルピカ頭に

いつもの十徳姿の松本先生。


口は達者だが、これでも


幕府に仕える医者である。

その松本先生の突然の


言葉に、沖田先生は口をつぐんだ。


「誰がいつ、島原なんかに

行きたいだなんて


いいましたかっ


か、からかわないでくださいよ


「何だ、違うのか?」


どうやら、松本先生は


結構本気で言っていたらしい。


「違いますっ!」


沖田先生は思わず、声を上げた。


ちっ、つまんねぇと愚痴を

零しつつ、隣へ腰を下ろす

松本先生。


「松本先生こそ


こんな所で何をされていた

んですか?」


「島原へ行きに一・・・と

言いたいとこだが、急患でな。


診察へ行ってきた帰りだ」

ようやく沖田先生の問いに

適当な解答を始めた。


すっかり辺りは薄暗くなり

灯りといえば、微かに


水面が輝きを放つのみ。


と、そんな中一・・・。


ふと、松本先生が口を開いた。


「そういや一・・・・・・

出てったんだってな。


あの、嬢ちゃんは・・・」

「一・・・・・・・っ」


その問いに沖田先生は、


何も返さない。


おそらくは、近藤局長を


診察した際にでも聞いたのだろう。


すると、松本先生は


そんな様子を見せる


沖田先生を横目に再び


尋ねた。


「なぁ一・・・・沖田よ。

もしかして、あの嬢ちゃん

以前、祇園で働いてや


しなかったか?」


「一・・・・・・・っ!


知ってるんですかっ!?」
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