風姿華伝書

□華伝書79
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一あなたに何がわかる!?

〈血の温かさ〉も    

〈命の尽きる感覚〉も  

何もしらない、     

   あなたに一・・・一

「一・・・・・っ」


みつは何も言えなかった。

いや、できなかったのだ。

なぜなら、先生が


このように感情を


極端に表したことなど


今まで、みつが見てきた


中で、初めてのことだったからだ。


故に、みつは黙り込み、 

荒々しく息をはずませる 

先生を、ただじっと   

見つめることしかできなかった。


小雨は勢いを増し、二人の

着物を伝い、雨粒が流れゆく。


そして、先生の眺める先の

河は一気に増水し、流れは

激しさをましていった。


二人の間に、沈黙の空気が

流れる。


先生は、みつへ声を上げた

後、再び、眼を河へと


向けていった。


みつは、じっと、その姿を

見つめる。


河をひたすらに眺め続ける

先生の横顔には、髪から 

雨粒が伝い、その姿は  

まるで〈涙を流している〉

かのようであった一・・。

一きっと一・・・    

受けとめきれないのだ。


隊規に従い、山南さんを 

斬ったことと、     

〈斬りたくなどなかった〉

己自身の思いを一・・・一

それは、武士ならば捨て 

なければならないはずの 

   〈私情〉一・・・。

故に、必死にその私情を 

なくそうと努め一・・・


《あなたに、何が・・・》

と、言葉として表れた


のかもしれない。


「・・・沖田先生っ・・」

すると、みつは胸の


潰れるような想いのもと、

一歩、足を踏み出した。


もしこのまま、先生を


放っておけば、おそらく 

もう二度と、先生がみつへ

微笑みかけることはないだろう。


〈私情〉を捨てる一・・。

それはつまり、


〈人としての感情〉を  

捨てるということ。


そうなれば、その先で  

先生を待っているのは  

人としての感情をもたぬ 

〈非情〉な〈鬼・闇〉・・。


一歩が二歩になり、三歩 

四歩と増えていく。


一・・・斬りたくなど一


     スッ


挿し絵


「一・・・・・っ」


気が付くと、みつは先生を

力強く、抱き締めていた。

今の先生には、どんな  

言葉をかけたところで  

届きはしない一・・・。


〈私にも、わかります〉


という気持ち。


斬られたって一・・・いい

それでも私は一・・先生を

救いたい一・・・・・。
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