風姿華伝書

□華伝書78
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   〈夕方〉


ボーンと、屯所近くの  

〈壬生寺〉から、半鐘の 

音が辺りに鳴り響き、  

時はいつもと変わりない、

夕方を迎えていた一・・。

よく沖田先生と遊んでいる

子供達はそれぞれの家へと

帰ってゆき、だんだんと 

屯所の目の前に広がる田畑

の作物の葉が、鮮やかな


緑から緋色へと移り変わってゆく。 


何ら変わらぬ、平凡な  

夕方の光景一・・・。


誰もが、生まれてから何度

も遭遇してきた情景・・。

が、しかし。


明日、のぼるであろう  

〈朝日〉を、山南さんは 

おそらく、みることは


ないであろう。


「一・・・山南さん・・。

〈脱走に到った理由〉を


教えてはくれまいか?」


「一・・・近藤さん・・」

山南さんは、改めて   

先程、公用を終え、自身の

部屋を訪ねてくれた局長へ

眼を向けた。


その先に映る姿に、


いつもの力強さはなく、


ガクッと肩を落とし、  

障子越しに、夕日色へ  

染まっている。


まるで、己の責だという 

声が聞こえてきそうな姿である。


山南さんは、そんな局長の

姿に、堪え難くなり


「一・・・どうぞ、


そのように私を追い詰めないで頂きたい。

私は一・・・すでに


皆と相対する側の人間と


なってしまった・・・故に

逃げるつもりで脱走し、


失敗して戻ってきた。

それだけなのです。

・・決してあなたや皆の責ではない。

一・・・近藤さんが今、


やるべきことは、隊の  

規則に従い、私を罰することです」


「しかし一・・・っ」


「お願い致します。

私を罰することができるのは皆でも


土方君でもなく、近藤さん。


あなただけです」


「一・・・・・っ」


山南さんの眼に、武士の 

気が宿る。


局長は、じっとその眼を 

見つめ、


「〈サンナン〉一・・・」

と、つぶやいた。


それは昔。


初めて、近藤さんが   

武州で山南さんと


出会った時のこと。


  一山南敬介一


『へぇ、山南さんは


こういう字をかくのか。


じゃ、〈サンナン〉だな。  

サンナンって呼んでもいいかい?』


と言って、近藤さんが


呼び出した愛称であった。

その愛称が今、こんなにも

重い言葉になろうとは  

あの頃の近藤さん達は  

考えてもいなかった


ことであろう。


「一・・・山南敬介総長。

脱走の罪により、隊規に照らし、


〈切腹〉とする一・・・・・」


「承知致しました。

ありがとうございます」
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