風姿華伝書

□華伝書77
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     スッ


風が吹いた。


フワッとした暖かい風が 

地上から二人を巻き上げてゆく。


みつの、結っていない髪が

動き、揺すられる一・・。

そんな中、先生の手は  

みつの乱れゆく髪を


一本とらえた。


綺麗な漆黒の瞳に、みつの

驚いたような顔が映っている。


しかし、先生は一向に  

その真っすぐな瞳をそらさない。


再び、風が舞う。


その刹那、先生の口が


微かに動いた。


「一・・・・・えっ」


だが、その声は風によって

かき消され、みつの耳には

届かず、青空へと


吸い込まれていく。


「せ、先生一・・・?」


みつは顔を真っ赤にして


問い返す。


すると、先生はその問いに

微笑んで返し一・・・


「一・・・みつさん・・」

「・・・はい・・・」

「一・・・・・大分、


髪が・・・伸びましたね」

と、答えた。


「は?・・・・・」


みつは目を丸くして、


言葉を無くす。


急に、真剣な目を見せた 

先生に、どうしたのかと 

鼓動を強めていたところに

〈これ〉である。


すっかり、みつは


腰が抜けてしまった。


確かに、岡田以蔵の一件で

短くきられた髪は月日が 

たつ程に伸びているが・・

今・・・言うことでもあるまい。


どうやら、先生は相当、 

体調を崩しているらしい。

「待ってくださいっ!」 

みつはそのまま、立ち去り

かけた先生を追うと、  

その額に手を乗せた。


ヒヤリとした感覚が先生の

体を伝ってゆく一・・・。

「一・・・大丈夫ですよ。

今朝から、少し鼻水が出て

喉が痛くて、背が寒いだけ

ですから・・・。


多分、疲れて一・・・」


「一・・・・・先生。


世の中では、そのような


症状を〈風邪〉と言うんです」


「え・・・・・」


今まで、風邪など


ひいたことがない先生に 

とって、どんな症状が  

風邪と呼ばれるものなのか

を、先生はしらなかったようだ。


みつは、大きくため息を 

つくと、先生の着物を掴み

ズイズイと先生の自室へ 

連れていった。


そして、部屋へ


半ば無理矢理、先生を  

押し込み、布団をひくと


「しばらく、ここで


休んでいてくださいっ。


あとで、粥と薬をお持ちします」


力強い目で、口を開いた。

「いえ、私は・・・・・」

「つべこべいわずっ、


〈休むっ!!!〉」


「っ、はいっ!」

どなられた先生は、


ビュッと布団へ身を


滑りこませていった・・。
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