風姿華伝書

□華伝書76
1ページ/7ページ

「どっ、どうしてそこで


〈みつさん〉が出て


くるんですかっ」


山南さんからの思いも


しない言葉を聞き、先生は

驚きを隠す暇もなく、  

眼を丸くした。


「関係ありませんっ」


「一・・・そうだろうか」

「そうですよっ。例え、


私がいなくたって、


みつさんは一・・・っ」


「・・・美月くんかい?」

「一・・・っ、・・・」


反論したつもりが、再び 

押し黙ってしまったのは 

先生の方。


半腰になっていた身を  

スッと下ろす。


すると、山南さんは先生の

気を察したのか、近くに 

掛けていた手ぬぐいを  

差出しながら、


「一・・・総司や皆には


気の毒かもしれないが、


私はもう、〈逃げ延びる〉

気はないんだ。明日、


〈屯所へ戻る〉よ・・・。

一・・・先に、風呂へ


いってくるといい・・・。

私はここで、小用を


済ませてしまうから」


と、ニッコリ微笑みを浮かべた。 


「一・・・山南さん・・」

「一・・・・・」ニコッ


その後。


いくら、先生が逃げるよう

言葉をかけても、山南さん

は、ニコッと微笑むばかり

で、何も語ろうとは


しなかった一・・・。


一・・・山南さんは・・・

もう、〈覚悟〉を    

決めているのだ一・・・一

先生は、山南さんから  

手ぬぐいを受け取り、  

部屋を後にしていった。


そして、階下へと階段を 

一歩一歩、下りてゆく。


明日。


自身の身に起こる出来事を

一つ一つ、確認してゆく 

かのように一・・・。




「あら、才谷はんっ。


今から、京へ発つんどすか?」


「急な知らせが入ってきて

しまったんぜよ。夕食も


食わずにまっこと、


すまんねや」


「いいえっ、そんなこと!

才谷はんの〈腹踊り〉


見してもらっただけでも


楽しかったどす。どうぞ、

道中、お気を付けて」


階段を下りると、ふと  

目の前の玄関越しに宿の 

女中と話している人物が 

目に入ってきた。


ひどく、土佐なまりのある

その客は、日もすっかり 

暮れた今から、京へ向かう

という一・・・。


(一・・・今から、京へ


行くのか・・・・・)


先生は、遠眼にその客を 

眺めつつ、明日、己も通る

だろう、京への道へ


思いを馳せた。


と、その時一・・・。


  一・・・・・っ一


(一・・・・・殺気っ)


急に、体を駆け回る電気の

ような感覚を覚えた、先生。


あの土佐弁の客から・・・

と思い、前へ眼を向けると

すでに、その客の姿はなかった。


一・・・相当な剣客・・一

(一・・・〈才谷〉・・。

一体、何者なんだろう?)

先生は、湯処へ足を向け 

つつ、思う。


その〈才谷〉という名が 

最近、桂小五郎らと接触 

していると噂高い、   

土佐藩の脱藩浪人    

〈坂本龍馬〉の隠し名  

〈才谷梅太郎〉だとは  

先生は知る由もなかった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ