風姿華伝書

□華伝書75
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一・・・翌日。


元治2年2月22日・昼。

その日は、前夜から   

降り続いた小雨も止み、 

カラッと青空が広がっていた。


雲一つない、澄み切った 

青い空が、新選組の屯所を

包みこんでゆく一・・・。

それは、何の違いもない 

春のよく晴れた日・・・。

昼食後。


昼の巡察へ向かう、   

原田さん率いる十番隊の 

皆々を見送りながら、


みつは屯所である前川邸の

縁側を歩いていた。


手には、粥の入った小さな鍋。


最近、体調が優れない  

ようだと隊士達から話を 

聞き、昼食も食べに


来なかった山南総長のため

優に作ってもらったものだった。


いつもなら、沖田先生同様

自身の手で作るところだが

何せ、もっていくのは  

新選組でも大御所の   

山南総長である。


さすがに、沖田先生の時の

ように、笑ってごまかし 

たりなど、おそらく


できないだろうと考えた 

故のことであった。


冷めないうちにと、みつの

歩幅がだんだんと狭くなる。


そして一・・・。


「山南先生、みつです。


体調が優れないとお伺い


致しましたので、ご昼食に

粥を持って参りました」


陽が丁度、屯所の真上を 

通過しようかという頃。


みつは、山南さんの部屋の

前に腰を下ろし、こう声をかけた。


しかし、いつもなら返して

くれるはずの返事が   

この日ばかりは、いくら 

待っても返ってくることは

なかった。


「・・・山南先生?


失礼致します・・・」


不思議に思ったみつは  

思い切って、障子戸に


手をかけてみた。


もしかして、倒れでもして

いるのでは一・・・と思い

じっとはしていられなかったのだ。  


スッと、みつの手により 

障子戸が開かれ、薄暗い 

部屋の中が、陽に照らされ

ぼんやりと、みつの眼に 

映し出されてゆく・・・。

山南さん愛用の小机に  

硯箱、そして、綺麗に  

折り畳まれた布団一・・。

一瞬。


至ってごく普通の光景に 

見えるが、肝心の


山南さん本人の姿はない。

一・・・オカシイ。


みつは、不安に身をまかせ

つつ、空に近い部屋へと 

足を一歩、踏み出した。


近ごろの様子からいって    

山南さんがどこかへ出掛け

たとは到底思えない。


それ程に、体力も落ちて 

いたように、みつは


感じていたのだ。


ならば、どこへ一・・?


みつは部屋全体に眼をくばる。


すると、小机の上に


見慣れた達筆の文が置いて

あることに気が付いた。


何やら、その文が


気になったみつは、


不躾にも、その文を開き 

見てしまった一・・・。


「一・・・・・っ!!!」

綺麗に、二つに折られた 

その文に記してあった  

衝撃の言葉とは一・・・。

「・・・山南先生、今日は

教えてください・・・って

みつ姉?どうしたの、


そんなとこに立って・・」

そこへ現れたのは、昨夜の

本を手にした鉄之助。


恥ずかしく思ったのか  

本を背に隠しつつ、みつへ

尋ねた。


その声に、みつが今にも


泣き出しそうな顔で答える。


「一・・・鉄之助くん。


お願い、早く局長方を


集めてっ!私は、


沖田先生を呼びに


行ってくるからっ!」


「えっ?みつ姉何を・・」

いきなりの言葉に、驚く鉄之助。


しかし、みつが部屋を  

飛び出していった後、  

小机に置かれた、あの文を

眼にした時、鉄之助は  

信じられない思いで、  

その言葉に釘づけとなった。


一『江戸へ、帰る』・・一

それは、山南総長の   

    《脱走》


を意味していた一・・・。
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