風姿華伝書

□華伝書74
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闇夜の中、燭台に灯された

明かりだけが、二人を包みこむ。


朝や昼の騒がしさが嘘の 

ように静かな、屯所内の


一角で、


「一・・・・・先生・・」

みつの透き通るような声が

先生の耳に届いていた。


その声に、先生が眼を  

向けると、そこにあった 

のは、いつも通りに微笑む

みつの姿一・・・。


極端に華やかでもなく、 

だからといって品がない 

わけでもない、素朴な  

暖かみのある、笑顔。


「・・・月や陽が


いつでも皆を照らし続ける

ように、私はいつも、


先生を照らしています。


雲や風、何があっても


必ず、先生の見上げる所に

控えております。だから、

一・・・ですから、気を


しっかりとお持ちください。


心が鬼の気に、


染まらぬように・・・。


もう、二度と同じ過ちを 

繰り返してしまわぬように」


「一・・・・・っ」


一いつも、控えて・・・一

その言葉に、先生の顔が 

フッと、ほころぶ。


「え一・・・・・」


みつは、吸い込まれる  

ような面持ちで、


その笑顔を見つめていた。

人がもともと持つ、   

喜びを形にしたような  

笑顔一・・・。


そして、それは今まで、


先生が誰にも見せまいと


してきたものであり、  

また、できなかったものでもあった。


鬼の気に怯え、ひたすらに

人との交わりを拒んでいた

あの頃には、決して・・。

「一・・・・・」


先生は、スッとみつの横を

通りすぎると、再び   

縁側を歩みだした。


その眼は、しっかりと  

ただ前だけを見つめている。


鬼の気に屈せず、自身の 

気だけを、ただ一身に


心に刻みながら、


進みゆく。


その姿は、一人の武者の姿

そのものであった。
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