風姿華伝書

□華伝書72
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    〈昼〉


「いやですってばっ


離してくださいよぉっ」

壬生の八木家、前川家を 

宿舎(屯所)とする   

新選組に、昼、先生の声が

上がっていた。


「いいじゃねぇかよ、総司。


どうしてもって頼まれてんだ」


その周りを取り囲んでいる

のは、原田さんを筆頭と 

する、三人トリオである。

ガッチリと先生の周りを 

固め、逃げられないよう 

気遣いながら、門前へと 

誘導している。


そんな三人につかまり、 

すっかり、なすがままに 

なってしまっている、先生。


助けを求め、辺りの隊士達

に眼を向けるが、この三人

を止められるのは、実質 

局長くらいのものであろう。


皆、気にしつつも眼を背け

通りすぎてゆく。


困ったことだ。


一体、何に困っているかと

いうと一・・・。


「行きませんってばっ、


〈島原〉なんてっ」

こういうことらしい。


「頼むぜ、総司ぃ


お前最近、島原辺りじゃ


ちょっとした有名人なんだぜ」


「はい?私が一・・・?」

原田さんの言葉に、先生は

眼を丸くする。


望んで、島原に行ったこと

など、ないに等しいからだ。


すると、今度は隣に立つ 

永倉さんが笑みを浮かべ 

口を開いた。


「一・・・いつも、お前


島原となると、途端に


逃げ出すだろ?だから、


そんなお前の姿に、


〈まるで、風のような


御人〉なんて、話が


持ち上がって遊女達の間で

もちきりになってんだよ」

「そうそう、今じゃ


名の通った土方さんの次に

有名だよ、総司は


誰が一番に、総司を床入り

させるのか、競ってる


なんて話まで、あるくらいだし」


「なっ一・・・」


そんな一方的な・・・と 

先生は言葉が続かない。


島原に行かない内に、  

そのような話を上げられて

は、たまったものではない

からだ。


「な、総司を連れていく


って、もう話しちまってん

だよ。拝むからよぉ、


総司ぃ


「いいえ!行きませんっ、

島原なんて一・・・っ!」

と、思わず先生の身が固まった。


「あ・・・・・」


「み、みっちゃん・・」

目の前を、トテトテと歩く

みつの姿があったのだ。


一気に、先程まで、   

島原、島原と声を鳴らして

いた四人の身が縮む。


まるで、一回りも二回りも

小さくなってしまった


かのよう。


そんな中、眼を伏せて  

歩いてゆくみつに、先生が

声をかけた。


「み、みつさん。もしや、

さっきの話、聞いて・・」

すると、みつはわざと  

らしく、にこやかに微笑み

可愛らしい笑くぼさえ  

浮かべて、


「一・・・さぁ、


何のことだか、沖田先生」

挿し絵


≒〈早く、行けば?〉 

※注/作者、代訳(笑)


「一・・・・・っ」

一聞かれた、完全に

度肝を抜いて、地獄耳な 

みつである。


先程の話など、筒抜けに 

違いない。


この時、めずらしく四人の

思いは一致していた。


「あ・・の、みつさん。


さっきの話は、誤・・・」

「一・・・・・」


みつ、無視。


誤解だと、弁解しようと 

した先生の前を、さも忙し

そうに、眼も合わせず  

横切っていった。


先生、唖然


「じゃ、みっちゃんも


仕事へいったことだし、


行くか、総司」


「・・・・・」(泣)


その後、ぱったりと口を 

開かなくなった先生は  

逃げる気力もなく、


ズルズルと三人により、 

島原まで引きずられて  

いったのだった。
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