風姿華伝書

□華伝書69
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〈夕方〉


(どこいったんだろ・・)

みつは中庭へと続く道を 

辿っていた。


今は夕食時で、隊士達や 

皆がそれぞれ、夕食に  

ありつく時間である。


しかし、皆の配膳を行う 

みつの瞳に、先生の姿はない。 


どうせ、また夕食を抜く 

つもりなのだろうと部屋を

尋ねたが、そこに先生の 

姿は見当たらなかった。


今日は非番で、巡察はない

はずであったし、門番も 

出かける先生を見ては  

いないという。


「まったく・・・」


耐えかねたみつの口から 

言葉が零れ始めた。


「一・・・あっ」


急に、みつの歩みが止まる。


(あれは一・・・)


その先に微かに見えたのは

確かに先生の後ろ姿であった。


しかし、そのまた後ろには

見慣れない隊士の姿が・・。


何か話をしているのだろう

と、立ち去りかけた   

みつだったが、なぜだか 

してはならないような気が

してならなかった。


別に、根拠はない。


ただ、何となくの感覚である。


強いて言えば、女の堪か。

(一・・・・・っ)


どうしても気になり、  

去ることもできず、みつは

その二人の後をそっと  

ついていくことにした。




(何を、話してるんだろ)

二人は夕食の時間で誰も 

いない中庭にたたずみ、 

何かを話しているようだった。


みつは不躾とは思いつつも

近くの茂みに身を潜め、 

様子を伺う。


そして、耳を澄ますと  

先程まで聞こえなかった 

二人の声が耳に届いてきた。


「・・・話・・とは、


一体、何ですか?」


先生はしゃがみこみ、  

庭木に手をやり、指を  

朝露に浸しながら、尋ねる。


お腹が空いているのだろう。


早く、夕食にありつきたく

て、そわそわしている風だった。


「大事な、話なのです」


(あっ!あの人一・・っ)

と、ここでみつは思わず 

眼を見開いた。


さっきまで、先生の影に 

なり見えなかった隊士は 

何とあの、吉村左助ではないか。


以前、先生と試合をし  

負けたものの、その技量を

認められ今では一番隊士と

なっているという。


加えて、その美童っぷり 

から、隊士達の中には  

彼を狙っている者も多数、

いるらしい。
(情報提供・優)


そんな彼が、今先生の前に

たっているのだ。


ひきづられたって、台所へ

戻れるわけがない。


みつは息を飲んで、さらに

様子を伺った。


すると、先程の言葉に  

先生が振り返り、


「ですから、その話とは


何なのですか?」


と、力を込めて問い返した。


いよいよ、意を決したのか

左助が顔色を朱にしながら

口を開く一・・・。


それは一・・・。


「一・・・沖田先生っ」


「はい?」


「この吉村左助、一生の


お願い事でございますっ。

どうか、どうか私を先生の

〈念者〉にして


くださいませっ!!」


(は一・・・っ!!?)

「え・・えぇぇぇぇぇ!?

ね、ねん、念者ぁっ!!?」

沖田先生、思考回路断絶。

念者とは、男色の相手役の

ことである。


(あ・・はは一・・・。


って、えぇっ!!?!!)

しばしの間、呆然として 

いたみつの眼に、いきなり

信じたくもないような  

現実が飛び込んできた。


「先生、どうか一・・・」

「一・・・・・」化石化

何と、あの美童と謡われる

左助が切れ長の眼を細め、

頬を染めながら、先生を 

引き寄せ、それで一・・。

(い、やぁあーっ!!!


先生ぇーっ!!!!!)

と、同時にみつの足は  

すでに走り始めていた。


挿し絵
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