風姿華伝書

□華伝書68
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一先生のお命の方が・・一

「一・・・・・っ」


「・・これで、ひとまずは

いいと思います。後は、


美月のところに行って


見てもらってください」


みつは、先生の腕に結び 

つけた手拭いを綺麗な  

蝶々型にしながら、口を開く。


「でも、そんなに大した


傷では・・・」


先生は、結んでもらった 

左腕を見つめつつ、強がった。


しかし、みつには通用しない。


「そんなに深い傷を放って

おいたら、私の二の舞に


なってしまいます。


夕食はとっておきますから

美月のもとでちゃんと


見てもらってきてください」


厳しい眼つきで言われてしまい、


「一・・・はい・・」


としか、言いようが   

なくなってしまった。


〈しばしの間〉


「一・・・で、ここへ


来たわけか」


「一・・・はい


どうしてもと、みつさんに

押されてしまって・・」

その後。


先生はみつの言葉に   

為す術がなく、すごすごと

美月のいる〈長本邸〉へと

足を運んだ。


門を叩くと美月が現われ 

少し、驚くような顔を  

見せたが、すんなりと中へ

入れてくれた。


美月としては、余り   

喜べるような客では   

ないのが本音だったが、 

医者として、頼られたなら

話は別である。


先生を中の診察室へ案内し

座らせた。


そこからのぞむ中庭には 

相変わらず、そっけない 

木々が茂っていたが、  

あの日、みつが眺めていた

梅の木には、しっかりと 

白梅が咲き誇っていた。


「一・・・あいつは


元気にやってますか?」


美月は、先生に左腕の袖を

たくし上げさせつつ尋ねる。


「・・・みつさんですか?

えぇ、元気そうですよ。


本当にこの前まで、怪我人

だったのかと疑いたくなる

くらいに」


先生は、微笑んだ。


その明るい笑顔に美月は 

何やら急に顔を歪ませ  

「そうか一・・・。


・・・傷を縫う。しばらく

の間、耐えろ」


とだけ、忠告し次々と  

先生のパックリと開いた 

傷口を針で縫いあわせてゆく。


「一・・・・・っ」


さすがに、叫んだりは  

しないが、麻酔もない治療

の痛みに、先生の顔が歪む。  


その間、美月は医者らしい

真剣な目付きのもと   

あれだけ深かった斬り傷を

ほんの数分で綺麗に   

縫い付けてしまった。


最後に、再び消毒し   

包帯を巻き付け、治療を終えた。


「これで、いい。


一・・・これは油薬だ。


朝と夕に傷へつけろ。


赤くなったり、腫れがでて

きたら、また来い」


油薬とは皮膚の乾燥を防ぐ

薬のこと。


「・・・承知しました。


ありがとうございます」


先生は礼を言うと、薬を 

受け取り、立ち上がる。


そして、診察室の障子戸に

手を掛けた時だった。


「・・・あいつに伝えて


おいてくれ。くれぐれも、

無理だけはするな、と」


部屋を出かけた先生に  

美月が口を開いたのは。


「はい。ちゃんと伝えて


おきます」


先生は微笑んで、答える。

すると、美月は急に先生の

方へと向き直り、キリリと

した目付きになった。


武士のようなしっかりと 

した眼である。


先生はその眼に、何やら 

力強いものを感じ、立ち止まる。


やがて、美月の口から  

出てきた言葉は一・・・。

「一・・・今度、あいつを

同じような目に合わせて


みろ。俺は、あんたを


殴るじゃ済まさないからな」


「え一・・・・・」
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