風姿華伝書

□華伝書67
1ページ/7ページ

〈数日後・夜〉


「ねぇ、みっちゃん」


女中としての仕事を終え、

八木家の風呂から自室へ 

戻ったばかりのみつに  

優が声をかけた。


優もまた、みつと一緒に 

風呂から上がっていたのだ。


「はい?」


みつが、寝巻を整え、寝床

を作りながらに答える。


すると、優はその長い髪に

手をやりながら、心配


そうな面持ちで、みつへ尋ねた。


「最近、変な噂がたってる

の、知ってる?」


「え、そうなんですか?


原田先生に思い人ができた

とか・・・?」


「一・・・それは原田さん

に失礼


二人の高枕を置きつつ  

平凡として答えるみつに 

優は苦笑い。


しかし、すぐに本題へと繰り出した。


「そうじゃなくて・・・

実は、沖田先生の話なのよ」


「一・・・・・っ」


と、その言葉にみつの手がとまる。


そして、優の前に正座した。


「い、一体、どういう

予程、気になるのか、声が

震えている。


その姿に、今度は優が口を濁らせる。


果たして、言ってもよい 

ものかどうか一・・・

しかし、ここまで言って 

おいて、言わないわけにも

いかず、ついには口を開いた。


ポンッとみつの肩に手を 

添え、


「いい?この話は、


隊士の人たちから聞いた話

であって、真実とは


限らないわ。けど、一応


みっちゃんには言っとくわね」


「一・・・・・っ」


と、一言断りを入れた。


みつがうなずく。


そこまで、優が気を使う 

沖田先生の噂話とは・・。

「一・・・・・あのね。


〈先生を好いてる〉のでは

ないかって言われてる


隊士がいるって話なの」


「一・・・・・え」


みつの表情が、一気に変わりゆく。


「そ・・んな、先生は良い

方ですし、別に女子に


好かれることなんて


今までだって、幾度となく

あったこ一・・・ん?」


(ちょっと待った、今、


優さん確か、先生を好いて

るっていう〈隊士〉が


いるって話を一・・・っ。

そ、それって・・っ!?)

一それって一・・っ!?一

「・・・・・っ!!?」

みつ、思考回路、断絶。


「で、でもさ、別に


〈衆道〉ってわけじゃ

「しゅ、衆道ぉっ!?」

衆道とは、男色。


つまりは、今で言う、  

〈同性愛〉的なもの。


確かに、今ではほぼ考え 

られないが、明治以前は 

男女が共に話すことすら 

人目を気遣っていた時代 

である。


当然として、女は女同士、

男は男同士で固まることが

多くなり、相手を尊敬する

念などから、衆道は自然と

生まれた。


しかも、女に溺れることを

恥じとみる武士道において

衆道は尊ぶものとされていた。 


故に、衆道的なものは  

男集団である新選組でも


少ないながらも、あること

にはあったことだろう。


とにかく、当時として 


衆道は身近なものだったの

である。


みつも当然、幕末を生きる

ものとして、こういうこと

を知らないわけではない。

だが一・・・・・。


「一・・・・・嘘だ、


そんな・・・先生が・・



挿し絵


みつは、先生がそうだと 

決まってもいないうちから

がっくり肩をおとし、  

沈み込んだ。


「みっ、みっちゃんっ!!

そんな、衆道だなんて


違うから、向こうが勝手に

先生を想ってるってだけでっ!


ねっ、お願いだから


話聞いてーっ!!!」

優は、おもしろ話に衆道と

いう言葉を使っただけ  

だったが、みつの気の沈み

様は、目に余るものがあった。


「みっちゃんーっ!!!


別の世界に行かないでーっ」

「・・・・・はィ?」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ