風姿華伝書

□華伝書66
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〈門前〉


「一・・・よしっ」


皆が朝食を食べ終え、  

そろそろ、朝一番の稽古が

始められるかという頃。


新選組屯所・前川邸の  

門前に、気合いを入れ  

一人たたずむ鉄之助の姿があった。


今日、朝の巡察であるはず

の一番隊に加わるのだ。


一・・・総司の隊に・・一

と、土方副長から直々の


仮配属を認められ、


鉄之助の心は朝から休む


ところを知らない。


昨夜など、興奮して一睡も

できなかった。


一番隊に入れてもらえる 

ことも、もちろんだが  

やはり何より、隊で随一と

うたわれる、沖田先生の 

横に並べることが、うれしかった。


一・・俺が、先生の隊に一

「一・・・・・っ」


鉄之助は、緊張のあまりか

腰に差している小刀を  

ギュッと奥まで差し込んだ。




しばしの後。


「お、市村っ、早いな」

「そういや、今日から


一番隊に仮配属なんだって?」


「一・・・・あっ」


門の奥から、


見たことのある一番隊の 

面々が、朝食を済ませ、 

ぞくぞくとやってきた。


皆、隊内でも達人に近い 

人達ばかりなのだが、  

気軽に鉄之助へ話かけて 

きてくれる。


「まぁ、がんばれよ」  

「沖田先生に弱音は通じないぞ」


「はいっ、がんばります」

鉄之助は、声をかけて  

くれる先輩方へ、満面の 

笑みを浮かべ、返事した。

「・・・鉄之助くん」


と、ここで、この声が  

響いた途端、先程まで  

楽しげに、門前で話して 

いた隊士達が、しん・・と

静まり返った。


この一番隊を率いる、  

沖田先生が大刀を腰に


差しつつ、歩いてくる。


一気に、気が引き締まる鉄之助。


当然、あいさつくらい  

するべきなのだが、   

喉がすっかり乾燥して声が

でなかった。


そんな中、先生はいつもの

にこやかさとは異なった 

剣士らしい真剣な眼で、 

鉄之助の前に立つと、  

一言、口を開いた。


「一・・・鉄之助くん。


今日の巡察中は、常に


私の後ろに控えていなさい。


一・・・私が許すまで、


勝手に抜刀することは


許可しません。


一・・・いいですね?」


「一・・・っ、はいっ」


組長としての先生の態度に

とまどいながらも、何とか

返事を返した、鉄之助。


内心、一杯一杯である。


サッサと門を過ぎてゆく 

先生の背を眺めている、 

鉄之助にはこれから起きる

出来事など想像もつかなか

ったことであろう。
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