風姿華伝書

□華伝書63
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斬っ!!!


ズザザッ!!!


「一・・・っ、くっ」


刀のかすれる音が、辺りに

響き渡る。


急に、後ろから殺気を感じ

先生は、振り返りつつ、


飛び下がった。


しかし、わずかながらに 

反応が遅れ、


斬り付けてきた男の刀が 

先生の羽織を、無残に  

斬りさく。


まだ、降ったばかりで  

サラサラしている雪を  

舞揚げながら、先生は  

手にしていた大刀を抜いた。


そして、声も出さない男を

にらみつけ、平青眼に構える。


男の顔には、しっかりと 

布が巻き付けてあり、  

表情すら、窺い知れない。

だが、相当若い歳のようだった。


男は、刀を低く、下段に構える。


(・・この男一・・・。


初めから、先程の人物を狙って・・)


と、先生は感じていた。


夜道での犯行といい、顔を

隠していることといい、 

たまたまにしては用意が 

周到すぎている。


となると、この男は・・。

(・・・何らかの形で、


桂の情報をしったあの者を

抹殺するための・・・?


そう考えると、さしずめ、

長州の人斬りか一・・・)

「一・・・刀を下ろしなさい」


先生は、眼つきを鋭く変え

男に忠告する。


しかし、男は従おうとはしない。


「一・・・・・」


「おとなしく、お縄につく

なら、それでよし。


もし、そうでないなら、


・・手加減はしませんよ」

「一・・・・・無用」


ダダダッ!!!


と、その刹那。


男が先生目がけ、走りだす。


「一・・・そうですか」


先生は、向けられた刀を 

流しつつ、得意の突きの形

をとる。


「一・・・・・っ!」


すると、男は体を半回転 

させ、突きをかわすと、 

その反動を利用し、一気に

刀を先生へ一・・・。


一・・・・・っ!!!一

その瞬間。


先程まで、動いていた


全てのものが、止まって


しまったかのように


先生は感じていた。


風が、辺りに吹きわたる。

鬼が、先生の心に出てきて

いるのだ。


そういう場合、いつも  

先生には、全てが止まった

ように見えてしまう。


まるで、一つの絵を   

みているかのように・・。

おぉぉおっ!!!


「一・・・・・っ!?」


   ザンッ!!!


辺りに血しぶきが舞う。


高く舞上がったそれは、 

地球の重力によって、再び

地上へと、降り注ぐ。


それはまるで、真っ赤な 

雪のようであった一・・。

先生に斬られた男は、  

ドタッと倒れ、身動き一つしない。


そんな中、一人ポツリと 

たたずむ先生の姿が   

そこにあった一・・・。


顔、羽織、髪は血に濡れ、

刀から流れ落ちる血が、 

真っ白な雪を汚してゆく。

そして、ふと夜空を見上げ

思った。


一この姿を見ても・・・ 

まだ、みつさんは、私を 

〈純白だ〉と、言って


くれるのだろうか・・?一

振り出した雪が、先生の 

顔に辺り、溶けて涙の  

ように、額をながれゆく。

「一・・・こんな日に、


人を斬るんじゃ、


なかったな一・・・」


という、先生の哀しげな 

声と共に一・・・。
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