風姿華伝書

□華伝書62
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〈その頃〉


「あら、山南センセ。


おこしやす」


先生とみつが、夜道を  

歩いている頃。


島原・〈花屋〉の玄関に 

山南総長が姿を現していた。


実は、今日一日だけ、  

新選組の皆に外泊が   

許されたのだ。


あの鬼副長が許可したとは

にわかに信じられない気も

するが、「明日の朝稽古


までには帰ってこい」と 

いう条件つきで、外泊を 

許可してくれた。


故に、最近はご無沙汰して

いた花屋の天神で、


山南総長の馴染みである 

〈明里〉さんに会いにきた

山南さんだったが・・・。 

「・・・すんまへん、


山南センセ。明里は今、


別のお座敷に呼ばれて


しもて、ここには・・・」

という、女将の言葉を聞き

がっくり、肩を下ろしてしまった。


いっそのこと、屯所へ  

戻ろうか、とも考えたが 

何だかそれでは、妙に  

心淋しい。


「では一・・・、すまぬが

待たせてもらっても


構わないだろうか?」


山南さんは、意を決し  

待たせてもらうことに決めた。


すると、女将はスッと  

立ち上がり、山南さんを 

店の奥へ、案内する。


「一・・・もうじき、


明里も帰ってきまっさかい

どうぞ、こちらで・・・」

通された先は、こじんまり

とした一室。


急いで、用意させたの  

だろう、簡単な酒肴が  

真ん中にポツリと置いて 

ある。


「どうも、ありがとう」


山南さんは、その膳の前に

腰を下ろし、女将へ礼を言う。


そして、女将が立ち去り 

一人部屋に残った


山南さんは、お酌も呼ばず

酒を杯についでゆく。


その目線の先には、   

障子戸の外にちらつく雪が

見て取れる。


山南さんは、スッと   

その眺めに酔い痴れつつ、

(一・・・明里は、


きてくれるだろうか・・)

と、眼に映っては流れて 

ゆく雪を肴に、杯の酒を 

一口、口へ運んだ一・・。
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