風姿華伝書

□華伝書41
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「今でも思うのです・・。

私は、あの時、なぜ、


飛び込まなかったのか、と。


私は、家族を見殺しに、


したのでは、


ないのか一・・・と。


この川に身を投げ掛けた時

本当は、うれしかったのです。          

家も家族も、声も失って 

もう、失うものもない、 

皆のもとへ、      

行ける一・・・って」


今まで、キラキラと輝いて

いた波間も、夕日に染まり

辺りは、だんだん薄暗く 

なっていく。


みつの流した涙も、波と 

同じように、夕日色に  

なっている。


そんな中一・・・。


「でも一・・・。


私は、あなたをここで


助けたことを、


後悔だなんて、思っては


一・・・いませんよ」


口を開いたのは、先生の方だった。


スッと、みつの横に腰を下ろす。


「皆、この身に命を宿す


ことは、一度しかないんです。


その、一度のものを


武士でない、あなたが


自ら断つことは、ないんですよ。


背負った罪は、死ではなく

生きて、償うしかないんです。


それに、あなたの家族が 

そんなことを望むとは  

思えませんし、あの時、 

あなたに逢わなければ、 

私は、ただの鬼に、   

なりさがっていました。


血に染まり、人を斬る。 

ただの、鬼に一・・・。


一・・・だから・・」


先生は、同じように、  

座りこんでいる、みつに 

懐から、手拭いを差し出しす。


そして、微笑みながら、 

口を開いた。


「一・・・私は、あなたに

逢えて、よかったんです」

「一・・・・・っ」


涙が、ポロポロと、みつの

瞳から、こぼれ落ちる。


先生の言葉が、


体の隅々にまで、


染みわたっていく一・・。

一よかったんです・・・一

一・・・それは、何の取柄

もなく、ただ三味線を  

引くことしか、


能がなかった私が、


人の役に、たてたという 

こと一・・・。


家族を見殺しにした、  

私が、先生の役に一・・一
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