風姿華伝書

□華伝書40
1ページ/6ページ

「一・・・そうどすか。


あぁ、過ぎてしもた。


そこどす、うちの店はっ。

その、〈福屋〉いう・・」

「あっ、すみませんっ」

先生は、老人が営んでいる

という、福屋へ老人をおろした。


すると、老人は痛む足を 

少し、ひきずりながら  
奥へ入っていくと、先生に

お茶とおだんごを、   

出してくれた。


もともと、お茶屋さん  

なのである。


「すんまへんどした。


送っていただいて。


どうぞ、自慢のおだんご、

食べとくなはれっ」


「わぁっ、ありがとう


ございますっ。実は、まだ

お昼、食べてなくて・・。

一・・・おいしいです」

先生が微笑んで、返すと 

老人もうれしそうに、  

微笑んだ。


蝉が鳴く、残暑の厳しい中

人々は、いそいそと店の 

前を足早に、通り過ぎてゆく。


そんな中、先生は、   

一串のだんごを食べ終え、

お茶をすすり、一息つくと

改めて、老人へ尋ねた。


「その・・・。もし、


よろしければ、先程の話、

もう少し、詳しく、


教えて頂けませんか?」


その言葉に、再び、老人の

顔に、暗い影がさす。


そして、しばしの沈黙が 

続き、先生が謝りかけた時、


「あそこに・・、空き地が

見えますやろ・・・」


とうとう、老人の重い口が

開かれた。


その口から、語られる、


みつの過去とは一・・・。

「一・・・・・」


老人の言う方向へ、眼を 

走らせる、先生。


そこは、この福屋から  

道を挟んで、向かい側の 

何もない、ただの平坦な 

空き地一・・・。


「一・・・あそこには、


以前、うちの大親友やった

〈岡本龍次郎〉の屋敷が


たっといやした・・・」


「・・では、焼け出された

という、その子の・・・」

老人は、ただでさえ細い 

眼を、より細め、まるで 

何かを見透かしているかの

ような様子で、ゆっくりと

ポツリ、ポツリ、先生へと

語りはじめた一・・・。


「そうどす。あれは、


数年前の一・・・秋の暮れ

頃どした・・・」


夏の京らしい、湿った風が

福屋の看板をゆらし、  

先生の長い髪をゆらす・・。


それは、まるで、人の心の

ように、絶える事無く、 

二人を揺さぶり、続けた。

一あの晩。うちが


いつも通り、奥の間で 


寝ていると一・・・一


『おじいちゃんっ!   

福屋のおじいちゃんっ!!

助けてっ、


家がっ、皆がっ!!!』
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ