風姿華伝書

□華伝書98
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「一・・・・・・・・っ」

一・・・娘を・・・まさを

・・・・<頼みます>・・一

「一・・・・・っ!!!


母上・・・母上ぇっ!!」

いやぁっ!!と、まさは


涙に濡れ、ドタッとその場

に崩れる。


その姿を嘲笑うかのように

二人の目の前で次々と


柱が燃え尽き倒れては


轟音のもと火柱があがった。


「一・・・・・・・・」


原田さんは悔しさに肩を


震わせながら、スッと


まさの肩へ手を伸ばす。


すっかり煤で黒くなった


原田さんの大きく角張った

指先が、まさの小さく


冷えきった、今にも壊れて

しまいそうな肩先を包む。

一・・・と、その時。


「一・・・・・て・・?」

力なく俯き、涙に濡れる


まさの口から微かに言葉が

漏れてきた。


「一・・・ま・・・・・」

「どうしてさっき手をっ!

手を放してくれなかったん

どすかっ!!!そうすれば

私は一・・・私は・・・っ

母を助けていたのにっ!!」


「一・・・まさ・・・・」

「一・・・っ!!・・・」

目の前で母を失った感情を

どうしてよいのかわからず

思いの丈を勢いにまかせ


口にするしかない、まさ。

そして、ついには己の肩に

かけられた原田さんの手を

力まかせに振り払い、


哀しみと悔いの心を


「一・・・・・っ・・・・

触らんといてっ!!


っ、<人殺しっ>!!!!!

さっさと往んどいてっ!!

あんたの顔なんて・・・っ

二度と見たないわっ!!」

と、次々口にしては涙を


流し、憎しみとも見える


瞳でギロッと原田さんを


睨みつけた。


「一・・・・・・・・・」

その瞳に籠められた己への

憎悪をひしひしと感じつつ

も、文句一つ返さず


じっと、小さなまさの姿に

瞳をこらす、原田さん。


一・・・言葉をかけること

・・・いや、ましてや


反論することなど、


原田さんにはできなかった。


あの時一・・・・・・・。

己が手を掴んだ故に


今、まさがボロボロに


なっていることは、


どう言い繕っても事実なのである。


もう、変えることかなわぬ

一・・・<真実>・・・・。

故に、何も言えなかった。

一・・・しかし。


「一・・・どうして・・・

どうして、手を放して


くださらなかったんどすか。


放してくれさえしはったら

もう、何の未練もなく・・

父上のもとへ往けたのに」

一・・・<往けたのに>一


    パンッ!


まさの呟いた、この一言に

音もなく、原田さんの手が

宙を舞った。


刹那。


まさの左頬が朱に染まる。

驚きを隠せずに、見上げた

先には一・・・・・・・。

「大馬鹿野郎がっ!!!」

と、眉をつりあげ声を


あげる原田さんの姿があった。


そのまま、まさの両肩を


掴み、口を開く。


「確かに、お前の母の命を

奪ったのは<俺だ>!あの時

お前の手さえ、放してりゃ

助かってた。それは・・・

どう言い繕っても変えよう

のねぇ<事実だ>!斬り刻む

なり、役所に突き出すなり

お前の気持ちがそれを望む

なら、俺はどんな<罰>も受けるっ。


一・・・だがな、せっかく

お前の母が命がけで助けた

命を軽んじる言動だけは


するんじゃねぇっ!!!


もし、お前がいなく


なったりしたら、残された

弟達はどうなるっ!?


あの幼さで、父も母も姉も

失ったら一・・・・・・」

「一・・・・・・・・っ」

気付くと、まさは己の命の

軽率さに声をあげ戒める


原田さんのもとへと


飛び付いていた一・・・。

尚も、轟音のもと燃え


上がる家と重なり、まさの

擦れた嗚咽が、夜空へ


吸い込まれていく一・・。

奇しくも、夜空には満天の

星一・・・・・・・・・。
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